第十七話
人と賑わいの街



「あーっ、そうだ!!」
「え、何!?」
 急に長灰が大声を出した。
「いや、ヒトに取りつく化けモンを取り逃がしてたんだ、忘れてた!! 探さねェと!!」
「取りつく?」
「そう、何か頭とか背中とか腕とかにひっついて、そのヒトの体乗っ取るみたいな…」
「…それってさっきあんちゃんが」
「あーヤベェ犠牲出てたんだよ、金剛【コンゴウ】とか蛍【ホタル】とか見周りで気付いたかな戻らなきゃ!!」
 黒翼・白翼が突っ込んだが、長灰はほぼ聞いていない。そしてそのまま駆けだそうとしたため、双翼がその肩をつかんで止めた。
「待て、我々を置いてどこへ行く気だ!? 大体辰砂【シンサ】殿は――」
「あぁーちょっと長灰くんー?」
 少し離れた所から、聞きなれない声がした。双翼・黒翼・白翼は何気なく声のした方を振り向く、と同時に硬直した。その声の主は、顔全体を布でぐるぐる巻きにしており、その隙間から赤い瞳が一つ光っていた。
「辰砂さーん!」
 瑠璃姫がその人物に駆け寄った。それを見、三人は体の硬直が解ける。
「これはこれは瑠璃姫さま。…で、長灰くん、どこへ行くんですか? ヒトのこと呼び付けておいて、一人先に行った挙句…」
「スイマセンッしたァ――――!!!」
 ズザアァァァッ! と長灰が、辰砂の目の前に飛び込みながら両手と頭を砂にこすりつけた。
「…え、何? 飛び土下座?」
 白翼が若干白い目で長灰を見下ろした。
「謝ることは大事ですが、あまりそのようなことはすべきではありませんよ。」
「いやっ、でも呼んでおきながらそれを忘れるとか、もう土下座して謝るしか!!」
「君のそれも軽いのか重いのか…」
 顔を覆う布のせいで表情はわからないが、少なくとも辰砂は怒ってはいないようだ。
「で、それでですね。」
「早いな。」
 長灰が起き上がった。双翼が突っ込んだが、気にしていない様子だ。そしてそのまま言葉は続けられる。
「さっき話した妖怪なんですけどね、どうも双翼たちが倒してくれたみたいなんスよ。なんで、とりあえず上に報告とか、全体への注意とか、色々やりに町へ行きましょう。」
「双翼? んー…貴方ですか?」
 辰砂があたりを見回し、そして双翼を見た。
「あ、はい。」
「これはこれは、お初にお目にかかります。水波術法隊【すいはじゅっぽうたい】副官、辰砂と申します。」
 辰砂が丁寧に頭を下げたので、双翼もそれに倣った。
「天宮の双翼です。こっちは…」
「自己紹介終わりましたッ!? んじゃ行きましょう!!」
「え!?」
 瑠璃姫をおんぶし、闘士を後ろに従えて、長灰が走りだした。
「ちょっと、まだ俺と白翼紹介されてないんですけど!?」
「ていうかあのヒトにも僕ら名乗ってないけど…」
「うーん…申し訳ありません、あんなヒトでして。」
 辰砂がやれやれと首を振った。そして四人はあきらめて、長灰の後に続いた。


 輝石の国、文の街。北西の海岸近くにある、輝石の国最大にして中心の街。そもそもの国土が狭いため、町の大半が二階建て以上の高い建物となっていることが特徴。元々輝石の国に住んでいたヒトのほか、漂着し定住したヒトも多い。また街の最北にあるもっとも大きな建物が、王家の居であり軍の拠点、天来【テラ】城である。
 ――という話を辰砂から聞いたところで、双翼たちは文の街に到着した。
「とりあえず隊長たちに報告ッ… あ、それより近くに誰かいないかな、いたら先に伝言しといたほうが…」
「闘士くん、お腹すいたねー。」
「そうですね瑠璃姫様!!」
 長灰の言葉に重ねて瑠璃姫が口を開いた。それに、当然のごとく闘士が相槌を打つ。
「あ、じゃ先にみんなでお昼…」
「長灰くんもう少ししっかりしてください。」
 行動の定まらない長灰に、辰砂がため息をついた。
「双翼さんたちと闘士くんは街でお昼にしてもらうとして、姫と長灰くん、それに私――」
 そこまで話しかけた時、何か気になったのか辰砂が言葉を止めて街の中を見た。瑠璃姫と、姫と話してにやけている闘士以外は、辰砂と同じように視線を動かす。何者かが、ヒトの間をすり抜けながらこちらへ走ってきているようだった。双翼たちのすぐ近くまで来ると、その人物が天高く飛び上がった。双翼・黒翼・白翼は思わず身構えるが、なぜか辰砂・長灰に動きはない。そして――
「コラアァ闘士アァァァ――――――ッ!!!」
「ギャ――――――――――!?」
 長い髪の一部を二つのおさげにまとめた女性が、闘士の上に降ってきた。そのまま倒れる闘士、なぜか笑っている瑠璃姫、「うわぁ…」と絶句している長灰、特に反応しない辰砂。そして双翼ら三人は、女性が闘士から降りて、闘士が自力で起き上がるまでの少しの間、唖然として動くことができなかった。
「な…何すんだよ…」
「なーにが『何すんだ』だ、このバカ! 昼の時間を過ぎても帰ってこないで、どこをほっつき歩いていた!?」
「いや…あの、皆で妖怪退治を…」
「妖怪退治ィ? …皆で?」
 闘士しか目に映っていなかったらしい女性は、周りの様子にハッとした。その顔はみるみる赤くなっていく。
「うわあぁぁすみませんこんな見苦しいところをおぉ!!」
「いえ、我々の方こそ手際が悪く、遅くなって申し訳ありません。」
「イヤイヤイヤ辰砂さんは何も!」
「桜璃亜【ウォーリア】サン相変わらずっスねェー。」
 頭を下げる辰砂、それを見てさらにあわてる女性。その様子を長灰が笑った。
「お前が言うな。」
 がしっ、と長灰の頭が背後からつかまれた。そしてそのままみしみしと強く握られる。その声と手の主に気づいたらしい長灰が、青ざめた。
「ぎゃああぁぁすみません! すみません!!」
「時間になっても戻らないから探しに来てみれば…」
「いやいやいや違う、違います!! 別に遊んでたわけじゃないんです!!」
「あの…」
 二人の間に、双翼が口をはさんだ。
「ん、お前は?」
 長灰から手を離し、男が聞いた。その顔は長灰によく似ている。
「こちら、天宮の双翼さん・黒翼さん・白翼さんです。」
「天宮? …ふむ、そうか。」
 辰砂の紹介を聞き、男は三人の顔を順番に見まわした。
「俺は長曹【チョウソウ】。こちらは桜璃亜殿だ。」
「どうもー。ウチの不逞な弟がご迷惑をー。」
 長曹に紹介された女性――桜璃亜は、先ほどまでとは打って変わった様子で笑った。その服のそでを、闘士が軽く引く。
「姉貴、ふていって何?」
「え? アンタみたいなののことよ。」
「注意が足りないとか、決まりごと守らないで勝手するとか、よくないことだよー!」
「えっ!?」
 闘士がビクリと反応した。
「あら、瑠璃姫様難しい言葉知ってるわねー。」
「町で遊んでばかりとお聞きしましたが…お見逸れいたしました。」
「えへへー。」
「…………」
 桜璃亜・長曹に褒められ瑠璃姫は上機嫌だが、様々な意味で闘士が重傷だ。そこへ、辰砂がゲフンと咳払いする。
「ところで長曹殿、このような時間に町でお会いするとは珍しいですね。いかがなさいましたか?」
「あぁ、何、姫と――ついでにこの未熟者が、食事時間になっても戻らなかったのでな。」
「いや、俺副官! だいぶ頑張ってる!!」
「さて、客もいるとなると、どうしたものかな…」
 必死に訴える長灰を無視し、長曹は腕を組んだ。
「桜璃亜殿、辰砂殿。…あと一応長灰。」
「一応って!?」
「いいから、ちょっと。姫、客人、少々お待ちを。」
 長曹・桜璃亜・辰砂・長灰が少し離れて固まり、何か話し始めた。
「…闘士くん、ちょっと聞きたいんだが。」
 双翼が、少し小声で聞いた。
「はい?」
「長曹殿は、どのような方で?」
「長灰サンの兄貴ですよ。あと、石英帝【せきえいてい】様の側近。」
「え!?」
 双翼・黒翼・白翼がぎょっとした。
「…石英帝って…たしかこの国の…」
「王様っス。」
「…王様の側近ってことは……将頑駄無みたいな…?」
「ぼ、僕らひょっとして、こんなフツーにしてる場合じゃないんじゃ…?」
「幼いとはいえ姫と一緒にいた時点でアレだがな…」
「るり平気だよー!」
 瑠璃姫がニコニコしながら、三人の前で手を振る。
「あーだいじょぶっス。」
 急に青ざめた三人を見、闘士が笑った。
「国のヒトも双翼さんたちとおんなじ感じっスよ。っていうかみんなそこまで気にしないし。あ、長曹サンは怒ると怖いけど。」
「俺が何だって?」
「うわっ!」
 気付くと闘士の背後に長曹が立っていた。いつの間にか、話は終わったらしい。
「い、いや、何でもないっス!」
「なら良いが…。ところで、これからなのだがな。私と長灰はこれから軍の会議に出る必要がある。そこで、姫。それと子供たち。」
 長曹が瑠璃姫・闘士・黒翼・白翼の顔を順に見まわした。
「四人は、桜璃亜殿と共に昼食をとって、そのあとは街でしばらく時間をつぶしていてほしい。」
「えー、あんちゃんはー?」
 白翼に問われ、長曹はうなずく。そして、双翼を見た。
「そして双翼殿。国外からの来客には、いくつかお話しすべきことがある。辰砂に頼んであるので、そちらに同行を。」
「かしこまりました。」
「どちらも、夕刻にはもう一度集まっていただく。その際に姫のお迎えと、双翼殿・黒翼殿・白翼殿へ宿泊先の案内を。集合場所は桜璃亜殿と辰砂殿に伝えてある。以上、何か質問は?」
 長曹が全員を顔を見回すが、みな首を横に振る以外特別な反応はない。そこへ、すっと手が上がる。
「兄貴、質問。」
「何だ長灰。」
「俺の昼飯は?」
「ない。」
「え!? マジで!?」
「今からでは、急いでも会議にはギリギリで遅刻だ。行くぞ。」
「えええぇぇぇ!?」
 長灰の反応を無視し、長曹は鎧の背部分を広げ、ふわりと浮かびあがる。
「では、以上。解散!」
 そう言うと、城へ向かってスーッと飛び去った。そのあとを、慌てた長灰が下から追った。
「…さて、我々も参りましょうか。」
「さ、みんなご飯よー。黒翼君と白翼君は、味が好みに合うかしら。」
 そして、辰砂と桜璃亜にそれぞれ連れられ、双翼らもその場を後にした。


 黒翼・白翼が桜璃亜らに案内されたのは、小さな茶店だった。
「瑠璃姫様はいつもので良いかしら?」
「うん! たまごの!」
「黒翼君と白翼君は? おうどん美味しいわよ。」
「んじゃ俺きつねうどん!」
「ぼくかけうどん少なめー。」
「俺ざるそば! 二人前!!」
「あーはいはい。」
 闘士の注文だけ、桜璃亜は軽く流した。
「店長ーっ、てなわけでお願いしまーす。ちびあんみつ四つつけてねー!」
 桜璃亜が言うと、店の奥から「おう」と返事がした。
「えっ、あんみつなんて…いいんですかっ!?」
 黒翼の目が輝く。
「いいのいいの。まぁホントに豆と寒天と餡子しか入ってないけどねー。」
「姉貴姉貴。一個足りなくね?」
「え、二人前も食べたら普通甘いものなんて入らないでしょ?」
「ヒデェ!!!」
 闘士が机の上に倒れた。それを見、全員が笑う。
「じょーだんよ。てか店長のことだからもうわかってるって。」
「マジか!?」
 ガバッ! と闘士が起き上がった。
「桜璃亜さんと闘士くんって常連なの?」
「んーまぁね。常連っていうか、普段あたしが働いてるんだけど。お昼はだいたいここね。」
「そうなんだ。桜璃亜さん強いみたいだから、てっきり武闘家かと。」
 白翼が言うと、桜璃亜は笑った。
「ふふ、まぁ武闘家でもあるけどね。ずっとそればっかりやってるわけにもいかないでしょ? 働いてみると、武術の修行じゃ得られない経験や知識もあるわよ。」
「…だってさ黒翼。」
「俺!? でっ…でも、ほら、俺ちょっとした料理とかできるよ!!」
「何それ、あんちゃんのこと馬鹿にしてるの?」
「え、いやいやいや!!! 兄貴料理以外のこといろいろ知ってるし! できるし!!」
「黒翼料理できんのかよ。」
 白翼と黒翼のやりとりに、闘士が口を挟んできた。
「で、できるよ。多少は。」
「だったらお前祭で料理作って出せば? 御前に選ばれると何かスゲーモンもらえるらしいぞ。」
「祭?」
「御前?」
 黒翼・白翼が、同じように首をかしげた。


「半月後…となると、あるのは海周祭【かいしゅうさい】ですね。」
「かいしゅうさい?」
 双翼が辰砂に聞き返した。
「海の神様・海老御前【えびごぜん】をたたえて歌い踊るお祭りです。」
「え、えび…?」
「お待たせしました、お刺身御膳です。」
 そこへちょうど店員が、双翼の注文した料理を持ってきた。
「……エビ御膳?」
「はい、海老御前です。普段は島の周りを泳いで国を守ってくださっているのです。そのため、月に一度お祭りを。」
「月一!?」
「えぇ、御前はとてもお祭り好きでして。最後には御前が登場し、毎回大賑わいですよ。」
「出てくるのかよ!?」
「そりゃもう『ドーン』と。」
「どーんと!?」
「大迫力ですよ。」
「はぁ…」
 全く予想を超えていた返答に、ついに双翼は返す言葉を失った。
「あとは御前に料理をふるまったりもしますね。…で、半月後がどうかしたんですか?」
「……いえ…国から外に出られる機会があるという噂を聞いたので…何の日なのかと……」
「外へ? ……なるほど、そういう話は初耳ですが…確かにあるかもしれませんね。」
 辰砂はあご(がありそうなあたり)に手を当て、軽くうなずいた。
「海老御前は、漁師を守るため、また無事島へ戻らせるために、特殊な海流を作っているといいます。ですが、お祭りの日は漁も休み……もしかしたら、海流の動きも変わっているかもしれません。」
「なるほど…良い情報をいただきました、ありがとうございます。」
「どういたしまして。…でもくれぐれも、無理だけはなさらないでください。我々にできることがあればご相談にのりますので。」
「……。」
「どうしました?」
 双翼が少し難しそうな顔をしたため、辰砂が問いかけた。
「…いえ、止めようとはしないのだな、と…。」
「誰しも故郷への思いは捨てられませんからね、できる範囲、無謀なことにならない限りはお手伝いします。もちろん定住するなら喜んで受け入れますが、それを強制することは、昔からありません。」
 何と優しく、素晴らしいことか。双翼は素直にそう思った。
 と同時に、疑問を持つ。外から流れ着いた者さえそのように扱うこの国に、なぜたかだか次の王が若いというだけで争いが起こるのかと。そして、争いがあるということを思い出し、ふと気付いた。
「…そういえば、つかぬことを申しますが、姫は城に戻らなくて良かったんですか?」
「姫ですか?」
「はい。争いがあるという話を聞いたのと、退治したとはいえ危険な妖怪がいたもので…」
「そうですね。たしかにお戻りいただいた方がよかったのですが…そうすると今日、姫と共に瑠璃丸様の元へ行ける手すきの者がいないのですよ。」
「瑠璃…丸…?」
 その名を聞き、双翼は困惑した。


「…瑠璃丸に会いに行くって、何かおかしくね…?」
「…確かあの時、瑠璃姫様と入れ替わり、っていうか…変身したような感じだったよね…?」
「三人とも何かフツーに言ってるし…どうなってんだ…?」
 黒翼と白翼は、こそこそと話しながら歩いていた。茶店での食事の後桜璃亜たちから「瑠璃丸に会いに行く」と伝えられ、よく分からないままついてきたのだ。きゃっきゃと嬉しそうにする瑠璃姫を先頭に、五人は町はずれの雑木林に到着した。そして、黒翼と白翼は言葉を失う。
 そこにあったのは、花に囲まれた墓標。墓石にははっきりと、「瑠璃丸」の名が彫られていた。
「うおぉ、いつもより花スゲェ。」
 闘士がきょろきょろと墓を見回した。
「いつもは一番乗りくらいだけど、今日は遅くなっちゃったからね。」
「…瑠璃丸って…」
「あ、二人はまだ聞いてなかったかな。」
 桜璃亜が黒翼・白翼を見た。
「瑠璃丸様は、王家の次男。姫のお兄さんよ。…もっとも、姫が生まれる前に、病気で亡くなっちゃったんだけど…。」
「でもね、お兄ちゃんはるりと一緒だよ! いつも見ててくれるのー!」
 瑠璃姫はそう言って、ぽんぽんと自分の胸をたたいた。
「…いつも…」
「ん、白翼どうかした?」
 ぼそりと呟いた白翼を、黒翼が見た。
「…ううん、何でもない。そうだよね、いつも見てくれてるよね、きっと。」
「…そういやお前…」
「ところで見てくれッ!!」
 白翼と黒翼がしんみりしかけたその瞬間、闘士が間に割って入った。
「今日のお供え! 俺が考えたんだが超スゲーぞ!!」
 バッ! と差し出されたその手には、小さな粒のようなものが数個乗っていた。
「……種?」
「当ったりぃ―――!! コレまいておけば、たぶんそのうちこの辺一面花畑!!」
「…お墓を?」
「発想は…悪くないと思う…けど…」
 闘士は嬉しそうだが、二人は反応に困った。
「…アンタ…『お供え物は任せろー』とか言ってたけど…これ…?」
「すごくね!?」
「…だから『やめて!』って言ったのに…」
「え?」
「この寒い時期に…ソレ何の種?」
「ペンペン草。」
「…それ、毎年勝手に生えてくるわよ?」
「えぇっ!?」
「てか…よくそんなのの種持ってたわね…」
 闘士はがっくりとひざを折り、両手を地面に付けた。よほど自信のある案だったらしい。
「…ま、仕方ないわね。今日は手だけ合わせて帰りましょうか。」
「いや、俺は植えてく。」
「はいはい。」
 種をまき始めた闘士は放っておいて、桜璃亜・瑠璃姫・黒翼・白翼は墓に向かって手を合わせた。
「…さて、と。用事は済んだけど、夕刻まで何して時間つぶそうか。」
「るり、黒翼君のお料理見てみたい!」
「え!?」
 突然の振りに黒翼がビクリとした。
「いっ、いやっ、ホントにおふくろの料理手伝ってたってくらいでッ…」
「ちょっと待てェ!!」
 数秒前まで一人土いじりに夢中だった闘士が割って入った。
「瑠璃姫様、黒翼なんかより、俺の料理見てください!!」
「アンタ料理できたっけ?」
「でッ…できる! たぶん!!」
「ふーん…」
 返事を聞き、桜璃亜が薄笑いを浮かべた。対する闘士は冷や汗でびっしょりだ。
「…でも、どこでやるの?」
「お城に料理の場所あるよ!」
「…さすがにお城はどうかと…」
「ば、場所がないんじゃ仕方ないっスね!」
 あぁ、やっぱできないんだな。
 黒翼と白翼はそう感じた。瑠璃姫は気付いていないようだが、「場所がないなら」と残念ながらもあきらめる雰囲気だ。と、桜璃亜がポンと手をたたく。
「いや、せっかくだから店長に頼んでみるわ。姫様たっての望みだしね。」
「ほんとー!?」
「げっ」
 桜璃亜の一言に、瑠璃姫の青い瞳が輝いた。闘士の血色のよい顔が青ざめた。
「じゃー行きましょうか。」
「お…おぉー……」
「わーい!」
 喜んで桜璃亜に続く姫。さらにそれに続く、苦笑いの闘士。「あーぁ」と思いつつ、黒翼と白翼も思わず苦笑いした。
「おや、皆さんお揃いで。」
 そこへ、おそらく街の人であろう、男性が現れた。あごにひげを蓄えており、おおよそ中年か、それよりやや若いところだろうか。
「あっ、九竜守【クリュウス】さん!」
 闘士の苦笑いがぱっとただの笑顔になった。そして瑠璃姫と共にその男性に駆け寄る。
「九竜守さん、今年の『くりすます』は何くれんの!?」
「くりすます…?」
 黒翼・白翼が首をかしげた。
「おっと少年、今の俺は明鈴讃託【メリサンタ】じゃないんだぜ?」
「あーそっかー。残念ー。」
「はっはっは。」
「……めりさんた……??」
 ワケのわからない単語が続き、二人は九竜守と闘士の会話に混じれない。
「ところで九竜守さん何やってんスか?」
「ん、いや、瑠璃丸様のお墓参りついでに、犬の散歩を。」
「…犬って、そのヒモですか?」
「ん?」
 桜璃亜に指摘され、九竜守は自分の左手を見た。そこには、特に何もつながっていないヒモが握られている。
「うおおぉぉっ、また逃げたアイツ!!」
 九竜守はバッときびすを返し、街へ向かって走って行った――途中、一度こちらを振り向いて「じゃあまた!」と右手を振って。
「…くりすますって何?」
「闘士、めりさんたって?」
「え!? お前ら知らねェの!?」
 白翼・黒翼が問うと、闘士に驚かれた。
「そっか、天宮には『くりすます』ってないんだ。」
 桜璃亜が腕を組む。
「『くりすます』はねー、お外の国でやってるのが元なの!」
「けっこう外の文化が入ってきてるからね、この国は。」
 瑠璃姫の解説に、桜璃亜が補足した。
「年末の祭の前日に、明鈴讃託が子供に贈り物をくれるんだよ!」
「お前らももしかしたら、今年何かもらえるかもよ?」
「マジで!?」
 黒翼が食い付いた。
「でもさぁ。」
 白翼が口をはさむ。
「それって無償? 何か条件とかあるの?」
「んー、ないんじゃん? 強いて言えば、明鈴讃託いつも街の中心でモノ配ってるから、この国では文の街にいないとだめかも。」
「ふーん…何ていうか…物好きだねェ…」
「…それは否定できないかも。」
 白翼の言葉に、桜璃亜がつぶやいた。
「さて、それはそうと、お店に戻りましょ。黒翼君と、闘士の料理の腕拝見しなきゃ。」
「うっ…」
 再び闘士が無言になった。


 双翼は、辰砂に街で一番と評判の茶店に案内された。輝石の国にいる間の簡単な注意点――現在の争いの状況など――と、もし定住するように決めた場合の話をされ、用件は済んだということで集合場所へ行くことになったのだ。
「何か食べます?」
「いえ…さっき食べた直後なので…」
「そうですか? ちびあんみつお勧めですよ。量は少ないですし、寒天とあんだけの簡単な作りながら非常に美味で、おススメです。」
「そうですか? では…」
「店長ーっ。」
 外から女性の声がした。そしてその声の主を筆頭に、五人がぞろぞろと店に入ってくる。
「おや、桜璃亜さん。」
「あっ、辰砂さん? もう戻られたんですか?」
「はい。桜璃亜さんも早いですね。」
「いえ、黒翼君とウチの闘士が、料理の腕を姫に見せるというので。ここなら都合がつくかなーと。」
 辰砂に答え、桜璃亜が笑った。その後ろにいる姫は嬉しそうだが、黒翼は困惑気味、闘士は顔色が非常に悪い。白翼にいたっては、特に関心はなさそうだ。
「てなわけで店長ー。」
 桜璃亜はそう言いながら店の奥に入って行った。
「…闘士くん、大丈夫かい? ずいぶんと顔色が悪いようだが…」
「…いえ、平気っス双翼さん…」
「闘士くん、料理できたんですねぇ。」
「……。」
「…闘士…どう見ても追い詰められてるようにしか見えないけど、実際のところどうなん」
「お前には負けねェ!!」
 黒翼に話しかけられると、闘士はバッと顔をあげてにらんだ。しかし、どう見てもその目には涙がたまっている。
「…多少は鍛えてるし…魚のたたきとかなら何とか…」
 ぼそぼそとつぶやく闘士に、誰も「『たたき』はただ叩き潰す料理ではない」とは言えなかった。
「黒翼君は何作れるのー?」
 闘士が落ち込んでいるのには気付いていないのか、瑠璃姫が黒翼に近寄った。
「えっ? 俺? んー…フツーに、みそ汁とか…あと野菜をちょっと面白く切るとか…」
「面白くって何?」
 白翼が追及する。そこへ、店の奥から桜璃亜が戻ってきた。その手には、きゅうり・にんじん・かぶの載ったザルと、小ぶりの包丁が二つがある。
「今ちょっと食材切らしてるんだって。だから、漬物を上手に切る対決でいいかしら?」
「包丁ッ……!?」
 闘士が、青を通り越して真っ白になった。
「ホラ黒翼、出番だよ。面白く切れば?」
「えェー…」
 白翼に促され、黒翼は渋々包丁をとった。そして皆に注目される中、きゅうりを手に取り刃を入れる。
「オラァ月長軍だァ!!」
「邪魔するぜェ!」
「死にたくなけりゃ金と食料を出してもらおうかァ!?」
 そこへ、ガラの悪い三人組が店に入ってきた。双翼をはじめ、全員が身構える。
「へぶっ!」
 が、次の瞬間、三人組の真ん中にいた男が店の外まで吹き飛んで倒れた。
「!?」
「な、何げふっ!!」
 続いて、双翼たちから見て右側が弾き飛ばされ、店の机に激突し気絶する。
「まぶしっ!」
 最後に残った一人が、何が言いたかったかもわからない段階で床に頭を叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
 唖然とする双翼たち。最後にあの三人のいた場所に立っていたのは、まだ殺気の収まらぬ桜璃亜であった。
「…ふぅッ!」
 桜璃亜は短く息を吐き出し、ようやくその殺気を沈めた。
「あ…姉貴…今そいつら月長軍って…」
「大丈夫ですよ闘士くん。」
 辰砂が笑いながら、気絶した男に近寄った。
「彼らは月長軍ではありません。それらしい印を服に付けているようですが…よく見ると別物です。それに、月長軍はこんな手口使いません。」
「あ、そうなんですか?」
 「なんだー」と呟きながら、桜璃亜が頭をかいた。どうやら、月長軍ではないということに気づいて、それで即手をあげた、というわけではないらしい。
「それにしても…桜璃亜さんってめちゃめちゃ強いね……」
「突然の襲撃に対してあの反応…素晴らしい動きだな。」
「おねーちゃんかっこいいー!」
「まぁ、だてに鍛えてないからねー。」
「できた!」
 白翼・双翼・瑠璃姫が賛美の言葉をかける中、黒翼が脈絡のないことを言った。
「…? できたって?」
「いや、漬物切り……え? 何かあった…?」
 黒翼はきょとんとして辺りを見回した。見知らぬ男が三人倒れていて、辰砂がそれを回収している。しかしその状況から、事態を把握できなかったようだ。闘士が吹き出したのとほぼ同時に、全員が笑いだす。
「お前ッ…夢中すぎて気付かなかったのかよッ…マジでッ!?」
「こ…黒翼…いつもなら真っ先に飛びかかるくせに…」
「短時間とはいえ、すごい集中力ね。」
「それで…どんなふうになったんだ?」
 笑いながら、全員が黒翼の手元を覗き込んだ。そして、絶句する。
 そこにあったのは、葉の形に切られたきゅうり三枚、薄いもみじ型のにんじん二枚、そして、驚くほど繊細な千切りにされたかぶ。
「…あの短時間で…?」
「いやーちょっとずつしか切ってませんけどね……漬物じゃなくて生ならもっときれいに整えられたかなー……」
 常にきゃっきゃと嬉しそうだった瑠璃姫を含め、誰もがいまだ声を発せられない。いつの間にか、奥にいたはずの店長までもがやってきて、同様に言葉を失っている。
「ど、どうかした? そんな黙て見られるとなんか恥ずかしいんだけど…」
「い…いや…すごいよ黒翼…」
 白翼が、初めて黒翼を称賛した。
「黒翼くんお料理屋さんだったの?」
 瑠璃姫が目を丸くしながら聞いた。
「いや、ちょっと兄弟に凝り性なのがいて、それを真似して覚えたっていうか…」
「ちょ…これ…今日の夜お店に出して良いかな……いや…出させてくれないかな…?」
 店長はわなわなとふるえている。
「…黒翼君、ちょっとここで働かない?」
 桜璃亜が黒翼を見た。
「え? でも俺天宮に帰りた」
 言いかけた黒翼の肩を、店長がガシッと掴む。
「帰る前まででッ…いや、お祭りまででいいからっ! ウチの店、今回の祭りの料理当番なんだ!! これならきっと御前にもお喜びいただける!!」
「うーん…」
「て言うか弟子にしてください!!」
「え…えぇー!?」
 結局黒翼は、夕刻長曹が姫の迎えに来るまで、店長に食い下がられ、祭りまで働くことになった。


【次回予告】第十八話【次回予告】
天宮へ帰れるかもしれないという半月後の祭の日を待った一行。
そして迎える「くりすます」「海周祭」の実態は?
次回、
第十八話「海回る者の宴」

第十六話へ 「天魔翼神編本編」へ戻る トップへ戻る 第十八話へ