第十六話
イザナイの文
双翼は、槍を片手に海岸沿いを歩いていた。黒翼と白翼を探すためであるが、一向にその姿は見当たらない。
「…誰かに助けられてでもいればいいが…」
そうつぶやきながら、双翼は手にした槍を見た。その槍は「名槍 鋭牙」、黒翼の愛用品である。一時間ほど前、砂浜に打ち上げられていたものを見つけたのだ。
「…二人は無事だろうか… …いや、きっと大丈夫だ。私だけが流れ着くと言うこともあるまい…きっと二人も…」
自分に言い聞かせると、双翼は顔を正面に戻した。と、同時に目の前に今までと違う情景が飛び込んできた。ヒトが、血を流して倒れている。
「おい、どうした!?」
双翼は声をかけながら駆け寄った。その上体を抱き上げてみるが、すでに事切れている。死んだ直後ではなさそうだが、さほど時間が経っているようでもない。致命傷は頭の傷のようである。額から大量の血が流れ出ていた。
「…刀傷…か? 一体ここで何が…」
「曲者ッ!!!」
「!!」
急に、男が背後で刀を振り下ろした。双翼はとっさに黒翼の槍でそれを受け止めた。
「お前何者だ! ここで一体何をしている!?」
「いや、私ははぐれた弟たちを探して…」
「なら何故そいつに近寄った!?」
「何故って…ヒトが倒れていたら声をかけるだろう!」
男は何度か双翼に斬りつけてきたが、その一言を聞いて攻撃をやめた。
「そ、それもそうか……」
「…そりゃあ…」
「面目ない!!」
男は急に刀を手放し、両手を突いて砂に顔をつけた。
「ちょ…」
「部下がやられたモンでつい! いきなり斬りつけて悪かった!!」
「待ってくれ、頭を上げてくれ! 謝罪はけっこうだがそこまでやられても…」
双翼がこの言葉を三回繰り返すと、男はようやく頭を上げた。
「いやホントにすまなかった。…ところでアンタ、一応身元を確認させてもらえるかい? こんなことがあったんでな…」
男はそう言って、事切れた自分の部下を見た。
「私は双翼。天宮の国の者だ。昨日乗っていた船が難破して、この国に漂着したんだ。今はぐれた仲間を探している。」
「へぇ…そうか、異国のヒトか…。難破とは災難だったな。あ、俺は長灰
【ちょうかい】
。地裂剣兵隊
【ちれつけんぺいたい】
副官…っつってもよく分からないか? …まぁ、この国の軍の部隊副官だ。さっき部下がやられてな……逃げた化け物を追ってる。」
「化け物?」
「あぁ……どっからわいて出たのか、ヒトの体をのっとって動かすんだよ。何人かとりつかれて…この通り、戦うはめンなって、死んじまった。」
闘士は逆零丸の槍を拾って振り回した。主な狙いは逆零丸のようだが、周囲にいる黒翼と白翼、さらに瑠璃姫にまで、配慮は全くない。
「闘士テメェ、何考えてんだよ!! もうそいつは狙う必要ねェッつってんだろ!!」
「闘士くんだめだってばー!」
瑠璃姫が闘士と逆零丸の間に割って入った。しかし闘士は攻撃の手を緩める様子がない。逆零丸は折れていない左腕で姫を抱え、その背に槍の切っ先を受けた。
「お前ッ…あれだけ言っておきながら、自ら姫を傷付ける気か!?」
『ウるさイ。』
逆零丸に向かって再度槍を突き出す闘士。それを見た黒翼が飛びかかり、槍を蹴って軌道を変えた。
「どーなってんだよこいつは!? 何!? 実は敵とかそーゆー罠!?」
「違うよ黒翼、多分あの角のせいだって! 角の真ん中で目玉がぎょろぎょろしてるし、絶対あれでおかしくなったんだよ!!」
「んじゃアレか!? あれ引っこ抜けばいいのか!?」
「抜けるかわかんないけどね、可能性はあるんじゃない!?」
「よっしゃ!」
黒翼は、まだ逆零丸を攻撃している闘士に飛びかかった。頭の角につかみかかろうとするが、槍の柄が目の前に現れたため、とっさにそれをつかんだ。槍から飛び移ろうとすると、闘士は黒翼ごと槍を投げ捨てた。
落ちた黒翼を無視して、闘士は再び逆零丸に向かって行った。今度は、黒翼の相手をしているうちに近寄っていた白翼が、体当たり同然の勢いで闘士にしがみつく。白翼はすぐに払いのけられてしまったが、その間に、逆零丸は瑠璃姫を離し逃がすことができた。
「水玉の術っ!」
自分も何かしなければと思ったのだろう。瑠璃姫は術法を唱え、両手を頭の上に掲げた。するとヒトの頭ほどの水のかたまりが発生し、宙に浮かんだ。
「えーいっ!」
両手を思い切り前に振ると、闘士の頭めがけて水の球が飛んでいった。急に水をかけられてひるんだ闘士の体を、逆零丸が蹴るように踏みつけて砂の上に押さえつけた。
「この角か!」
逆零丸は闘士の頭に生えた角に向かって手を伸ばした。
しかし、それは、角ではなかった。ぎょろりと「目玉」が逆零丸を見つめると、触れられるより早く、その「角」は動いた。闘士の頭にしっかりとくっついていた小さな突起がパキパキとはがれ、下を向いてピンとのびていた「角」が逆零丸のほうへ向けられる。髪に隠れて見えなかった、鎖のように長い「角」の一部が、生物の尾のように左右に揺れる。「目玉」が一度まばたきをした。
「ぐああぁあぁっ!!!」
逆零丸が悲鳴をあげた。その腕には「角」がしがみつき、小さな突起や鎖のように長い「一部」が食い込んでいた。一方闘士は力を失ったように倒れ、頭からは「角」が完全になくなっている。
「つ…角が移った…!?」
「何、今の動き…」
「痛ェ―――――――――ッ!!!」
急に闘士が大声で叫び、頭を抱えて転がった。本人がどこまで意識しているかは分からないが、逆零丸から逃げるように離れ、黒翼の元まで転がり移動してきた。
「ぐおおぉぉ!!!」
「ファ…闘士…!?」
「痛エェェ何だコレ血ィ出てンじゃねーか痛ェ―――!!!」
「お前、正気に戻ったのか!?」
「おおおぉぉぉお!!!」
「ちょっと落ち着けうるせェ!!!」
黒翼が闘士のわき腹を踏んだ。闘士は「ぐふっ」と小さく声を漏らし、一旦動きが止まった。
「闘士くん大丈夫? もういつもの闘士くん!?」
「え…瑠璃姫様…? いつもの…?」
「お前、さっきまでおかしかったんだぜ! 変な角に操られてんじゃねーかって感じで…」
「よけろォ!!」
突然逆零丸が叫んだ。その体は言葉に反し、槍を片手に四人へ襲いかかろうとしている。
「わあぁぁあ!!」
逆零丸が四人に向かって槍を振り下ろす。黒翼が闘士を、白翼が瑠璃姫の体をつかみ、それをかわした。逆零丸は地面に突き刺さった槍を引き抜き、腕を震わせながらその刃を再び四人に向ける。
「何のつもりだテメェ!?」
「ぐ…スマン、体が言うことをっ…」
「あれ? あんなん付いてたっけあいつ…」
怒鳴る黒翼と、何かに抵抗しているような逆零丸。その一方で、痛む頭をなでながら、闘士が呑気に聞いた。
「闘士…さっきまで君の頭に生えてたよアレ…」
「マジ!? うわキモッ!!」
「そうなのー、闘士くんの頭からげきれーまるに飛びかかって、気持ち悪かったんだよー。」
「何アレ生物!? あんなの俺にくっついてたんですか!?」
「くっちゃべってんじゃねぇそこォ―――――――――――――!!!!!」
黒翼が叫んだ。三人が話している間も逆零丸の攻撃は続き、黒翼はそれをひたすらよけていた。
「お前ら聞いてた? こっちの会話聞いてた!?」
「ん、あぁ、全然…」
「体が思うように動かないんだ、逃げてくれ!!」
「あんたも律儀に言い直すか!?」
先ほどすでに言った(らしい)内容を言い直した逆零丸に、珍しく黒翼がつっこんだ。そんなやり取りの間も、逆零丸の攻撃はやまない。
「でもホント何なんだよッ、自分の体だろ何とかしろ!!」
「そうしたいのは、やまやま、だが…」
「やっぱりその角のせいなのー?」
「姫サマ、あれきっと妖怪だよ! 尻尾みたいのが刺さって、それで操られてるのかも。」
「じゃあ逆零丸ぶっ倒せばいいんじゃね!?」
「あ、ちょ…」
いち早く自分なりの結論を導き出し、闘士が逆零丸に飛びかかった。白翼が何か言いかけたが、闘士には聞こえていない。
「うおおぉぉ!!」
「ち、近寄るなッ…」
逆零丸の体が、今まで攻撃していた黒翼を蹴り飛ばし、闘士に向かって槍を構えた。そして闘士の拳が振り下ろしたその瞬間、槍が動き、無数の突きが繰り出された。今さら体勢を変えることのできない闘士はそれを正面から受けた、が。
「くっ…」
逆零丸が必死に力を振り絞り、わずかに刃の軌道をずらした。闘士の頬や腕を槍がかすめ、衣服や皮膚に傷が付く。
「テメェ折角ヒトが助けてやろうとしてんのに――!!」
「だ、だから意思に関係なく体が動くと…」
「ていうかお前助けるどころか倒す気だっただろ!」
怒鳴りながら逆零丸と距離を置く闘士。その頭を黒翼がつっこみの言葉と合わせて殴った。
「逆零丸倒しても、気絶したまま妖怪が体動かすかもしれないでしょ! それこそ今みたいに手加減してくれないよ? とりあえずあの妖怪はがさなきゃ!」
「めんどいな!」
「いや…闘士、お前さっき気絶したまま操られてたからな、多分…」
「とにかくげきれーまる助けようよー、かわいそうだよー。」
「瑠璃姫様…さっきあんなことをした私なんかを…」
逆零丸は感動した様子だ。しかし話をしている間に、体は四人のすぐそばまで来て、再び槍を振り上げている。四人は慌てて散った。
「うおわあぁぁぁ!!」
「言ってることとやってること違うだろーがァ―――!!」
「申し訳ないいぃっ!!」
逆零丸は、自分の体が白翼を叩き斬ろうとしているのを感じ、必死にそれに耐えた。耐えられたのはほんの一瞬であるが、その間に白翼は攻撃の届く範囲から脱出に成功する。
「ねぇ、妖怪退治得意なヒトとか知らない?」
逆零丸から離れつつ、白翼が瑠璃姫と闘士に耳打ちした。
「妖怪退治? えーと、たぶん辰砂
【しんさ】
さんならできるよ!」
「ちょっと待て白翼!」
逆零丸の攻撃をよけながら、闘士が食いついた。
「俺たちじゃ何とかできないって諦めるのか!?」
「そだよ。」
「冗談じゃない、まだ負けてないじゃねーか!」
「そうだ!」
闘士に向けられていた槍を、黒翼が蹴り飛ばした。逆零丸が姿勢を崩して倒れているうちに、黒翼が白翼に食いつく。
「俺たちいつも兄貴に頼りっぱなしだろ! こういうときくらい俺たちだけで何とかしないと!」
「そんなときじゃないでしょ!」
白翼が一喝した。
「僕も黒翼も武器がなくてロクに戦えないじゃん! お姫サマがいるのにそんな危ない真似するの? いつもあんちゃんに頼りっぱなしなのと、今この状況は別問題だよ!!」
白翼に気圧され、黒翼と闘士は黙り込んだ。そこへ、立ち上がった逆零丸が槍を振り下ろす。二人はカッと目を見開き、同時に逆零丸に殴りかかった。
「白翼、お前の言うとおりだ、俺らが間違ってた!」
「瑠璃姫様、辰砂サンを呼んできてください! 戻ってくるまで何とかしますから!!」
「うん、わかった!」
つい先ほどまで三人の言い争いにおろおろしていた瑠璃姫だったが、今の二人の言葉を聞き、強くうなずいた。
「急いで行ってくるからね! 皆ケガとかしたらイヤだよ!」
そう言い残し、瑠璃姫は走った。
「弟ねェ…漂着したのは昨日なんだろ?」
「あぁ。」
「夜?」
「私が目を覚ましたのは夕方近かったな。」
「んー、夕方か…」
双翼と並んで歩きながら、長灰が腕を組んだ。
「もしかしたら街で誰かが保護してるかも知れねーな。俺と入れ違いで城に連れてかれてるかも知れんし。」
「城に?」
「あ、怪しいとかそーゆー意味じゃなくてな。だいぶ前からの慣習っつーか…国として放っておくのもアレじゃん?」
「なるほど。」
「あんたも来る?」
「そうだな…」
「ちょーかいくーん!!」
正面から幼い声がし、二人は会話を止めた。現れたのは薄紅色の着物を着た、青い瞳の少女――瑠璃姫だ。
「姫! こんなところにいたんですか!」
すぐさま長灰が駆け寄った。
「もー、勘弁してくださいよ。またウチの親父が…」
「それどこじゃないのー! 長灰くん、辰砂さん呼んできてー!!」
「ん、え、辰砂サン? ……何で?」
「あのね! 逆零丸に妖怪がくっついてね、闘士くんたちが戦っててね、大変なの!」
「妖怪? だったらそんなん俺がたたっ斬って…」
「だめー! 逆零丸は新しい友達なの! ケガさせたらだめー!!」
「えぇー…」
長灰が不満そうな顔をすると、瑠璃姫はバッと双翼を見た。突然のことに、双翼はビクリとして後ずさりしそうになる。
「おにーさん手伝って!」
「え!?」
「ちょ、姫!」
「だって何かちょーかいくん助けてくれないんだもん!」
「いや、手伝ってくれと言われましても何を…」
「だからひめ」
「辰砂さん探すの! いつも朝はどこかで海見てるからね、二人で探せば見つかるよ!」
「ひーめーさーまー!」
耐えられなくなったのか、長灰が二人の間に割って入ってきた。
「姫っ、双翼は外の国のヒトです、辰砂さんのことは知りません! それと、見ず知らずのヒトにそーゆー無茶頼むのやめてください!」
「私は別にかまわないが…」
「マジか!?」
長灰が目にも止まらぬ速さで振り向いた。
「イヤさすがに悪いって、いくら何でもこんな危なそうなの!!」
「妖怪が戦っているのだろう? こう見えても武術には多少自信があるんだ、足止めくらいはできる。」
「いやだったら俺が足止めで姫と辰砂さん探してもらったほうが…」
「妖怪の場所は?」
「あ。」
「私は辰砂という方の姿は分からないが…」
「………。」
黙って下を向く長灰。瑠璃姫は、長灰の横から手を伸ばし、双翼のそでをつかんだ。
「決まりー! おにーさんこっち来て! 長灰くんは辰砂さん呼んできてね!」
「ハイ…… 双翼、スマンが頼む。あとで礼はするから。メシおごるから。」
「いや、礼なんて………」
がさっ
草をかき分ける音がし、二人はハッとして音のした方向を見た。妖怪がここまで来たのかと感じた、が、そうではない。瑠璃姫が生い茂った草の中に潜り込んでいる所であった。
「姫――――――!!!!!」
長灰が駆け寄り、瑠璃姫を引っ張り出した。
「そんなことしちゃダメっていつもみんな言ってるでしょ!!」
「でも、るりここから来たもん! 抜け穴あるの!!」
「抜け穴なんて! 蛇とかいるかもしれないから危ないんですって! すり傷作るし! 服とか髪とか引っかかるし! それに、大人は通れません! 双翼なんて髪長いし外套長いし、刀に槍に角まで付いてんですよ!!」
「今私の詳細必要だったか?」
「でも街のほう行くの、ここ通らないと遠いよ!」
「通れないんだから他回るしかないでしょ!」
双翼は、二人のやり取りを見てながら頭をかいた。そして小さくため息をつくと、刀を抜いて外套を脱ぎ捨てた。
「ならば飛んで行こう。」
「イヤ飛ぶってそんなんできな…」
振り向いた長灰が硬直した。そこには、変幻した双翼が立っていた。
「そ…双翼…?」
「双翼神と呼んでくれ。」
「う…うおぉお…?」
「かっこいー!」
瑠璃姫がきゃっきゃと嬉しそうに飛び跳ねた。
「行きましょう、お姫様。」
「るりだよ!」
「双翼と申します。さぁ瑠璃姫様、お友達が待っているなら、急がないと。」
「うん!」
双翼神にうながされ、瑠璃姫はその背中に飛びつく。翼を大きく羽ばたかせ、双翼神は体を浮かせた。
「ちょーかいくーん! ちゃんと辰砂さん呼んで来てねー!!」
「あー……」
瑠璃姫の言葉を残して、双翼神は飛び去った。置いて行かれた長灰は、しばらくしてから我に返り、急いで辰砂を探しに走った。
「ところで瑠璃姫様。」
「なぁに?」
「ご友人とはどのような方で?」
「んー…」
双翼神の問いに、瑠璃姫は少しの間黙っていた。やがて、言葉が思いついたのか口を開く。が――
「黒翼・白翼って…あんたの知り合い…?」
返ってきた声は、瑠璃姫のものではなかった。力はないが、瑠璃姫によく似た低い声。低いといっても、同年代の男女の差程度だろうか、あまり歳が離れている印象はない。すぐに振り返ろうとしたが、背にいる上、翼が邪魔で双翼神がその姿を確認することはできなかった。
「…知り合い、だが…君は…?」
「瑠璃丸。…助けに出てきたいけど、さっき出たから今日はもう無理…」
「さっき……『出た』…?」
「…伝えといてくんない? 瑠璃丸のことは、秘密だって…国のヒトに…知られたくないから…」
「秘密って? 一体どういう…」
「あっ、いた!!」
瑠璃丸の声が途切れ、代わりに瑠璃姫が大声をあげた。
「そーよくさん、あそこ!」
瑠璃姫は双翼神の顔の横から腕を伸ばし、下にある砂浜を指差した。そこでは、四人のヒトが戦っているように見えた。
「よし、降りよう!」
瑠璃丸のことは頭の片隅にしまい、双翼神は変幻を解きながら砂浜へと降りた。
逆零丸の体が槍を振る。黒翼がそれにしがみついたが、振り落とされ、そのまま白翼に激突した。倒れた二人にむかって槍が突き出されると、闘士が逆零丸を蹴り飛ばして攻撃をやめさせた。だが今度は闘士に向かって槍が投げつけられた。槍が足をかすり、闘士は転倒する。
「あー…もうダメだ…」
「闘士!?」
砂浜の上に大の字になって寝転がった闘士を、黒翼と白翼が無理矢理抱き起こした。
「姫は逃げてくれたし、もういいかなー…」
「よくねーよ逃げてねェよ!!」
「姫サマ戻ってくるでしょ!!」
「私ももうダメだ…」
二人で闘士の頭をべしべしたたいていると、今度は逆零丸が音を上げた。顔から気力はなくなっているが、体の動きは格段に良くなっている。
「ちょ、何言ってンの!!」
「もうちょっと耐えてくれないとこっちがもたないじゃねーか!!」
「ダメだって…どのみちこの罪深い私には生きる価値なんてない…」
「俺もこんなに弱いんだ…もう無理っぽい…」
「テメェらふざけんな!!」
黒翼が怒鳴った。
「瑠璃姫が今助けを呼びに言ってんだろ、俺らよりちっちゃいのに頑張ってんだろ!! それが何だこの程度で!! ジョーダンじゃねェ!!!」
「…そう、だな…スマン! 瑠璃姫様が頑張ってくれてんのに、俺が頑張らねェわけにはいかねェぜ!!」
「いや…もういいんだ……」
「逆零丸貴様ァ――!!」
気力を取り戻した闘士。一方、逆零丸は沈みきって浮いてこない。黒翼は全速力で逆零丸に駆け寄り、頭の頂点めがけて飛び蹴りを繰り出した。逆零丸の体は槍でそれを受け止めたが、黒翼の勢いが勝り、結局狙い通り直撃する。
「みーんな―――!!!!!」
空から、少女の声が聞こえた。直後、空から二対の翼を生やした武者が降り立つ。砂に足がつくとほぼ同時に、その翼と鎧は砂のように散り、代わりに現れた藤色の外套と黒い長髪が風になびいた。
「あっ…兄貴――ッ!!!」
「あんちゃんっ!!!」
黒翼と白翼から自然と笑みがこぼれた。
「黒翼! 白翼!」
「闘士くん! 逆零丸!」
「瑠璃姫様ぁ―――!!」
続いて、双翼の背から瑠璃姫が飛び降りる。それを見た闘士がパッと表情を変えた。
「間に合ったか…良かった……さぁ、殺してくれ!!!」
「!?」
見知らぬ男の第一声に、双翼は耳を疑った。
「…助けるんじゃ…?」
「まだ言うかこの口はァ――――――!!!!!」
黒翼が再び逆零丸を蹴り飛ばした。
「黒翼、槍を!」
双翼が槍を投げた。黒翼がそれを受け取った直後、鎧と槍に埋め込まれた石が金色に光る。
「妖魔解禁ッ、黒翼神頑駄無ッ!!! 死ねェ逆零丸―――!!!」
「さっきと言ってること違うよ黒翼―――!!!」
白翼が絶叫したが、黒翼神には届いていない。翼をはためかせて中へ舞うと、刃を逆零丸に向けて急降下した。
「黒翼君ダメ―――!!!」
瑠璃姫が両手を天に掲げて叫んだ。そこにはヒト一人を包み込んでしまえるほどの量の水が浮かんでいる。「えぇいっ!!」と勢いをつけて投げつけると、黒翼神と、ついでにそのすぐそばの逆零丸に巨大水球は命中した。
「ぶっ…」
大量の水に邪魔され、流され、黒翼神は砂浜に叩き落された。また、まとめて流された逆零丸は黒翼神にぶつかられ、妖怪の貼り付いた右腕を自分の体でのした。ごりっ、と、何となく嫌な音がする。
「ぐえっ…」
『ギ、ギッ…』
逆零丸と共に、腕が妙なうめき声をあげた。その瞬間、急に逆零丸が跳ね起き、右腕で持っていた槍を投げ捨てる。そして少しすると、逆零丸は自分で投げ捨てた槍に再び近づいていった。
「…!」
逆零丸の動きを見、バッと双翼が動いた。刀を抜き、逆零丸に向け、狙いを定めるかのようにじっと砂浜に突き刺さった槍を見る。そして逆零丸の右腕が触れたその瞬間に刀を振った。
「討魔武爪!!!」
刀の軌跡が白い筋となり、逆零丸の手元、妖怪を切り裂いた。『ギィッ』という音とも鳴き声ともつかぬ小さな音声が聞こえると、逆零丸の腕から鎖のような尾が抜け、突起のような足が離れ、ついに妖怪そのものが剥がれ落ちた。
「う…」
今まで支配していたものから解放され、逆零丸はがくりと膝を折った。砂の上に落ちた妖怪は、粉となり周囲と一切見分けがつかなくなる。
「げきれーまる!!」
「無事か!?」
瑠璃姫をはじめ、全員が逆零丸の周りに集まった。黒翼も普段の様子で駆けつけており、どうやら先ほどの水で変幻が解けたらしい。
「逆零丸、どうした? 顔押さえて…」
「すまない、かすらないように気をつけたのだが…」
「いや…大丈夫…」
逆零丸が顔を上げ、そこに添えていた手を外す。と同時に、ボロボロと何かが落ちた。
「ん?」
「あれ?」
「…?」
黒翼たち子供四人が首をかしげた。逆零丸本人と、来たばかりの双翼はそもそも何が気になったのかよく分かっていない。少しすると、四人が飛びのいた。
「あああぁぁぁっ!!」
「えええぇぇ!?」
「顔が割れてる――!!」
「いやぁ―――!!」
「!?」
逆零丸が慌てて顔を触った。今までと触感が違う。双翼は逆零丸の手元を見た。なにやら金属の破片のようなものが指の間に引っ掛かっている。また、彼の足元にも同様のものが散っていた。
「え…あああぁぁっ!!!」
事態を把握し、逆零丸も絶叫した。
「うわー! うわー! 顔の下から顔が出てきた!!」
「しかも意外と普通!!」
「意外と普通ってひどくない!?」
「何なに何でー!?」
「う、えーと…その…仮面…みたいなモノ…」
うろたえながら、逆零丸が答えた。
「…本当に仮面か…?」
「まぁ…大体…」
逆零丸は思わず双翼から目を背けた。すると、たまたま瑠璃姫を目が合う。
「本当に仮面? ケガじゃないの?」
「あぁ…」
「そっかー、よかったー! 今長灰くんたち来るからね、待っててね!」
「ちょうかい?」
「この国の軍の人だそうだ。」
「軍!?」
双翼の補足を聞き、逆零丸から血の気が引いた。慌てて立ち上がろうとするが、折れた右腕をついたせいで再び転倒する。
「どしたの?」
「ぐっ…軍はまずい!! 追われているんだ!」
「え?」
双翼たちが一瞬白い目をした。逆零丸は慌てて釈明する。
「ち、違う! しかたなかったんだ! 急に軍の兵に襲われて、抵抗しているうちに…」
「んじゃ何で追われてんの? 事情話せばいいじゃん。」
「…目撃者が現れた瞬間、相手が急に攻撃をやめたんだ。…そこで殺してしまったのを見られたら、私が悪いようにしか見えん…。」
「だいじょーぶだよ!」
下を向いた逆零丸に、瑠璃姫が声をかけた。
「るりが逆零丸は悪くないって言ってあげる!」
「…姫様、さすがにそれは無理です…」
「何で?」
「実は先ほどの話の続きですが……その時、逃げてしまったんです。…月長軍
【げっちょうぐん】
の者に導かれて…!」
「月長軍!?」
闘士が大声をあげた。
「何だそれ?」
「黒翼知らねェのかよ!?」
「知らねェよ知ってるわけねェよ。」
「簡単に言えば反乱軍だ。」
逆零丸が補足した。
「それはあとから知ったことだったが……『協力してやったんだから力を貸せ』、と言われ……」
「あっ、それでさっき瑠璃姫サマさらおうとしてたんだ。」
「そうだ…。」
「ちゃんと説明すればだいじょーぶだよー。」
「まぁ一度は捕まることになるかも知れんが…これを機に事情を話しておいたほうがいいんじゃないのか?」
「だが…」
「瑠璃姫様ー!」
逆零丸が渋っていると、遠くから声が聞こえた。長灰だ。
「あっ、ちょーかいくーん!!」
瑠璃姫が笑顔で手を振った。直後、逆零丸が脱兎の勢いで駆け出した。闘士と黒翼がその腕を掴もうとしたが、するりと抜けて逃げてしまった。それと入れ替わるように、息を切らして長灰が到着した。
「姫ッ! 辰砂サンはもうちょっとで来ます! で、妖怪というのは!?」
「んーとね…そーよくさんが倒してくれたの。」
「え!? …じゃあ逆零丸とやらは? そこの二人のどちらかですか?」
「あ、いや、俺黒翼…」
「僕白翼だよ。」
「あれっ? え?」
長灰がキョロキョロと辺りを見回した。すると、闘士と目が合う。
「闘士君、逆零丸とやらは!?」
「逃げた」
口を滑らした闘士を、黒翼と白翼が慌てて押さえつけた。
「逃げた? 何で…」
「妖怪にとり憑かれたのが恥だと言ってな、走り去ってしまったよ。」
「ふーん……何か、辰砂サン呼んだの無駄になっちゃいましたね。」
長灰は一応納得したらしい。一同はひとまず胸をなでおろした。
【次回予告】
文の街へ案内された双翼・黒翼・白翼。
輝石の国は一体どんなところなのか?
次回、
第十七話「人と賑わいの街」