第十八話
海回る者の宴



 雑木林を、一人の男が歩いていた。逆零丸だ。双翼たちの前から逃げ出してからもう三日。ろくに食べ物は口にしていない。折れた腕はそのまま。槍を杖代わりにしていたが、ついに精も根も尽き果て倒れた。
「…もうダメだ…いっそ捕まって打ち首にでもなったほうが……そうだ、城に行こう…」
 ふふ、と薄く笑いながら逆零丸は地面に腕をつき、顔をあげた。立ち上がろうとしたその時、目の前に看板が立っていることに気づく。
「……『壁にぶつかった貴方に… 命の相談、お受けいたします』……命の相談? …フフッ、どうやって死ぬか相談に乗ってくれるってか?」
 ゆらりと立ち上がると、逆零丸は看板に記されていた矢印の先を見た。そこにあるのは、一軒の小屋。歩いて一分もかからない距離であった。歩みを進め、戸をたたく。
「はい。」
「すみません、表の看板を見て来たのですが。」
「何と! 少々お待ちを!!」
 何かしていたのだろうか。中でバタバタと音がした。やがて、音が収まり、戸が開く。
「ようこそいらっしゃいました。看板を見て訪ねてきたとは、生きることが辛いのですね?」
「あぁ。命の相談とあったのでな、ふふっ…死に方でも考えてくれるのか?」
「もちろんですとも! お名前はけっこうです。安らかに眠らせて差し上げます。」
「……ん……?」
 逆零丸が、何かに気付いた。
「死因の選択はもちろん、死装束に遺書、事故の偽装、何でも承ります。どのような方法がお望みで?」
「待て。…お前、爆迅丸…!?」
「え? あ、逆零丸じゃないですか。何だぁー。」
「何だぁーって……お前何してんだ?」
「いえ、貴方こそ、何をしてるんです? …とりあえず上がりますか?」
「ん、あぁ…」
 逆零丸は爆迅丸に招かれ、室内に入った。部屋の角には大量の武器が山積みになっており、近くにしわとホコリだらけの布が落ちている。どうやら武器の手入れ中に訪れたため、慌てて片付けたらしい。
「何もないところですが、まぁその辺りにどうぞ。」
「武器はあるようだがな。」
 逆零丸と爆迅丸は、部屋の中央に向かい合って座った。
「…それで、お前一体何をやってるんだ?」
「旅立ちたい方のお手伝いです。」
「旅立ちて…」
「で、逆零丸、貴方は? 先ほどの話しぶりだと、旅立ちたいようですが。」
 逆零丸が下を向いた。そして、今までにあったことを話し出す。軍の者を殺してしまったこと、月長軍に従って動いたこと、瑠璃姫が救いの手を差し伸べてくれたのに結局逃げてしまったこと―― 爆迅丸は腕を組み、黙って聞いていた。
「もう私はダメだ…死んで、全てを無にするしか…」
「それ…本気で言ってるんですか?」
 爆迅丸が口を開いた。
「我々には本来の目的があるでしょう? 私も、他の方々も、その時のために今をすごしているんです。それなのに貴方は、『その時』以外のために死を選ぶおつもりですか?」
「…! …それは…」
 逆零丸は目をそらし黙り込む。爆迅丸はじっとその姿を見た。だがやがて「ふぅ」と息を吐き、微笑みながら手を差し出した。
「でもまぁ、そんなにも苦しむのはアレですし、やりますか。」
「いや、やめる。」
 逆零丸が顔を上げた。
「お前の言うとおりだ。どんなに苦しくても、私たちには生きる目的が、使命がある。安易に命を捨てるのは、間違っているな。」
「えぇー?」
 爆迅丸が非常に残念そうな声を出す。
「そんなこと言わないでくださいよぉー。せっかくの初仕事だと思ったんですよ?」
「やらん。つぅか初仕事って何だ、そもそもやってることおかしいだろ。」
「貴方さっきはあんなにノリノリだったじゃないですか。」
「説得したのはお前だろう。」
「それじゃさっきのナシにしてください! 一生懸命働きますから!」
「こ・と・わ・る!!」
 二人はしばらくにらみ合いを続けた。やがて、爆迅丸が目をそらす。
「…わかりましたよ…決意は固いんですね…。」
「あぁ。」
「…。」
「…。」
「…私が意見ひっくり返したらそっちもひっくり返すとか、そういうノリはないんですか?」
「ねぇよ。」


「握りが甘いぞ! 無駄な力は抜いて、そのまま!」
「はい、師匠!」
「太刀筋がなってない!」
「申し訳ありません!」
「もういい、それはあとで普通に切ってしまえ。いいか、よく見ていろ。ここでゆっくり刃をずらして…」
「おぉ…素晴らしい…!」
「さぁ、もう一度だ!」
「はい!」
「………………。」
 包丁を手渡す黒翼。再びきゅうりに刃を立てる茶店の店長。ぼんやりと二人を見つめる白翼。
「ただいま戻りました。」
 そこへ、魚の入ったかごを背負って、双翼が入ってきた。
「あっ、お帰りあんちゃん。桜璃亜さんは?」
「祭の準備で海岸へ向かったよ。」
「ふーん。」
「…で、そっちはどうだ?」
「うん、見たまんま。」
 白翼が黒翼と店長をちらりを見た。かれこれ半月弱、店長は毎日黒翼から包丁さばきを教わっていた。
「何かあと一歩らしいよ。今日はまだ黒翼神になってないし。」
「…初日は三回なったっけ…?」
「包丁の扱いでキレるとかどんだけだよねぇー。」
 はは…と双翼は軽く笑った。
「じゃあお取り込み中のようだし、魚は生け簀に放り込んでおこうか。」
「あ、僕やる。」
「あぁ、じゃあ頼もうかな。」
 双翼から魚のかごを受け取り、白翼はふらふらとした足取り生け簀へ向かって行った。
「…大丈夫か? 重くないか?」
「…平気…」
「黒翼ー、白翼ー!!」
 やっと白翼が生け簀まであと半分というところに来た時、闘士が現れた。
「オイ何やってんだ、明鈴讃託【メリサンタ】が出るぞ!」
「え!?」
「もう!?」
 闘士の声に、二人が振り向いた。
「…めり…サンタ…?」
 聞きなれない言葉に、双翼が首をかしげる。だが闘士はそれを気にもとめない。
「みんな集まって待ってるんだ、早く行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待って…魚…」
「あーもー、貸してみろ!」
 闘士は白翼からかごを奪い、さっさと生け簀まで持って行った。
「よし、じゃあ行くか!」
「あっ、ちょっ…」
 白翼に続き、今度は黒翼が声をあげた。
「何やってるんだ? 早くしろ!」
「う、えーと…」
 闘士と店長を交互に見る黒翼。どうやら迷っているらしい。そして店長がそれに気づいた。
「師匠が留守の間に練習しておきます! 行ってらっしゃいませ!!」
「うむ!!」
 黒翼は満面の笑みを浮かべ、闘士・白翼と共に外に飛び出した。
「…あれ、双翼さんは行かないのかい?」
「えぇ、まあ。どうも子供たちだけみたいなので。」
 店長に問われ、双翼が答えた。
「えー? もったいないなぁ、天宮のヒトじゃ明鈴讃託は見たことないだろ? 贈り物はもらえないだろうけど、登場は見ておく価値あるよ。」
「登場…? うーん…まあ、そういうことなら…」
「町の中央に子供たちが集まってると思うから。行ってらっしゃい。」
「はい。では。」
 双翼は「明鈴讃託」が何なのかよくわからないまま、軽く頭を下げて店を出た。


 店長の言った通り、街の中心に多くの子供が集まっていた。その人数は、二十人ほどだろうか。他にも、親と思われる大人たちが、子供たちから少し離れたところで談笑している。やがて、子供たちがざわつき始めた。
 シャンシャンシャン、と、軽い鈴の音のようなものが遠くで鳴り始めた。その音は徐々にこちらへ近づいてくる。と、同時に何かを引きずるような音と、けたたましい足音が響いてきた。
 ザザァッ! と近くの曲がり角を何かが曲がった。双翼、黒翼と白翼、そして子供たちの前に、真紅の衣をまとった人物をそりに載せて引きずる、三つ首の巨大犬が道へ飛び出し、土ぼこりを巻き上げながらこちらに向かって走ってきた。
「うわああぁっ!?」
 双翼らは思わず逃げ出しそうになった。だが相手はそんな暇も与えずに、子供たちの間をザァッと駆け抜ける。その瞬間、真紅の衣をまとった人物が大きな袋を持ってそりから飛び上がり、犬が駆け抜けた後の道の中央に降り立った。わっと子供たちから拍手と歓声が巻き起こる。犬は無人のそりを引いて、どこかへ走り去った。
「待たせたな。良い子にしていたかね子供たち?」
 そりから降りた男が子供たちの方へバッと振り返った。シャン! と鈴の音が鳴る。
「夢を配り、希望を育て、未来の勇気を守るため! 明鈴讃託、ここに見参!!!」
 わぁー! 明鈴讃託ー! と、さらに子供たちが騒ぐ。双翼と白翼はあっけにとられたが、黒翼はすでに周囲と同化していた。
「赤い服に、ひげに、贈り物…確かに『サンタ』とやらに似ているが……」
 かつて読んだ異国紹介の本の内容を思い出しながら、双翼は首をかしげた。その本にはたしか「夜」「煙突」「雪」「角を持った獣」という言葉が含まれていたはずだが、今目の前にいる人物に、それらの要素は見当たらない。また色とりどりの小物で飾り付けした木が同時期に用意されるとのことだったが、それは明鈴讃託が後輪のごとき巨大な輪飾りとして背負っている。
「よしよしみんな良い子だ。さぁ順番に並びなさい。贈り物をしよう。」
 明鈴讃託に促され、子供たちがその前に列をなしていく。近くの者から順に押しあわず、譲り合い、綺麗な一列を作り出すその様子は、統率されすぎていて少々気味が悪いくらいだ。そして列が完成すると、明鈴讃託は先頭の子から順に、声をかけつつ小包を渡し始めた。
「今年も良い子だったな!」
「よく頑張ってるな!」
「来年もちゃんとお母さんの手伝いを続けるんだぞ!」
 様々な色の和紙の包みを受け取り、子供たちは嬉々として帰って行った。やがて、黒翼と白翼の番が回ってくる。
「ようこそ輝石の国へ! 異国に来ても毎日鍛錬を欠かさないとは、素晴らしいよ!」
「うおぉ、見られてる!? ありがとう!!」
 黒翼は笑顔で包みを受け取った。
「君はもっとお友達を増やすといい、毎日笑顔になれるぞ!」
「…うん…」
 戸惑いながら受け取る白翼。そして闘士も包みを受け取り、三人は双翼の元へむかう。
「兄貴見て! もらった!!」
「あぁ、よかったな。」
 黒翼がとても嬉しそうだったので、双翼は明鈴讃託について突っ込むのはやめることにした。
「ところでこれ何入ってるんだろう…」
「あ、あけるか!」
 黒翼と白翼が包みを開けようとする、が、闘士が慌ててそれを止めた。
「待て待て!! 開けるのは明日!!」
「何で?」
 黒翼が問う。
「もらったら、一晩足袋に入れて枕元に置いておかないと!!」
「え?」
「何それ!?」
「何って…そういうものだし。」
 さも当たり前のように闘士が言う。黒翼・白翼は渋々慣習にしたがった。
「やっぱり……私の知りえる『サンタ』と、何かが違う……」
 双翼は、三人に聞かれないようぼそりと呟いた。


 翌日、海周祭当日。双翼らは祭会場の海岸へ来ていた。そこには茶店の店長や他の町の人もおり、祭の準備をしている。
「おーっす黒翼、白翼! あっ、双翼さんと店長も、おはよーございまっす!」
 さらに、闘士も助っ人としてやってきた。まっすぐ双翼らの元へ駆け寄ってきたが、対する黒翼と白翼はあまり元気がない。それにつられてか、双翼も言葉が少ない様子だった。
「あぁ…おはよう闘士くん。」
 黒翼・白翼が返事をしないため、双翼が答えた。
「どーしたんスか二人は?」
「いや…朝方明鈴讃託にもらった包みを開けてからな…」
「あっ、そうだ、何もらった? おれ鉢巻きだったんだけど!」
 黒翼と白翼は闘士をちらりと見、懐から紙を取り出した。そこにはそれぞれ「努力」「友情」と、かなりの達筆で書かれている。
「おぉ、明鈴讃託の一筆か! そっか、はじめてだもんな。」
「うん…微妙…」
 黒翼がぼそりと答える。
「え? いやいや、個人に合わせて書いてくれるんだぞ! みんなもらったし。」
「みん…な…?」
 白翼もまたぼそりと反応した。
「贈り物は五歳くらいからもらえるんだけどさー、最初にもらうのは必ず明鈴讃託の一筆だぜ。超達筆だしさー、かっこいいよな。俺の時は『根性』だったぜー!」
「じゃあ町の子供は大抵同じようなものを持っているということか?」
「そうっスね。六割くらいの家に飾ってありますよ、明鈴讃託の一筆。」
「なにそれこわい。」
 双翼・黒翼・白翼が思わず口をそろえた。
「…ってまぁ明鈴讃託の話はこれくらいにして、何か手伝う?」
「あ、じゃあ白翼の作業手伝ってやってくれよ。力ないのに机運びとかやってるから全然進まねェの!」
 黒翼が笑いながら答えると、白翼がキッとにらんだ。
「黒翼がさっさと料理終わらせてくれれば、僕それ運べるんだけどなー。」
「料理も台が準備終わらないと、運んでも置く場所ないんだけどなぁー。」
「…だから今手伝ってるんでしょ? 他の作業もあって人足りないから。」
「あーはいはいケンカしないッ!」
 闘士が二人の間に割って入る。
「力があったって一人じゃ机がでかくて持てないもんなー。一緒にやろうぜ白翼!」
「うん、ありがとう闘士くん。黒翼と違ってやさしいね。」
「おいコラ。」
 今度は黒翼が白翼をにらみつけた。だがいつの間にかすっかりいつもの様子に戻った二人を見、双翼は安心していた。
「双翼ー。」
 自分を呼ぶ声を聞き、双翼は辺りを見回した。すると、祭に使う資材の山の陰から翼雷が手招きをしているのが見える。
「おぉ、久々だな翼雷。」
「うん。ところで今暇ある? ちょっと向こうで話さない?」
「そうだな…少しならかまわない。」
 双翼は、翼雷に連れられその場を離れた。


「無事仲間には会えたみたいだね。」
「あぁ、おかげさまで。それに、何とか天宮に帰れるかもしれない。君の助言のおかげだ。」
「いやいや、どういたしまして。」
 翼雷は澄ました顔で手を振った。
「ところで、わざわざここまで移動するほどの用事でも?」
「いや、そこまでじゃないんだけどさー。」
 急に翼雷がムスッとした。
「明鈴讃託が昨日色々配ってたじゃん?」
「あぁ、毎年恒例らしいが…」
「オイラあいつ嫌いなんだよね。子供だと思い込んでモノ渡しに来るから。しかも当日会えないと、一週間くらいは探してでも渡そうとするし。」
「……それは離れたくもなるな。」
 しかし実際黒翼と同い年ぐらいに見えるんだが。そう思ったが、双翼は言葉を飲み込んだ。
「そういえば…」
 ふと双翼は、初めて翼雷と会った時の話を思い出した。
「たしか初めて会った時『天宮の武者』と聞いたが…」
「そだよ。」
「君はこの国に長くいるのか?」
「んー長いといえば長いけど…天宮にもよく帰ってるよ。」
「え?」
 双翼が首をかしげる。
「この国からヒトが出ていくことはほとんどないと聞いたが…」
 翼雷は、空を見ながらくるりと双翼に背を向けた。
「一般的にはそうだね、危ないし。祭の日に出られるかも知れないってのも、知られてない。往復してんのはオイラくらいだと思うよ。」
「…ではそれを他のヒトに教えるようなことは…」
「ない。」
「……では、何故私に……」
「君たちだから、かな。」
「………!」
 段々と低さと深みを増す翼雷の声に、双翼はついに返す言葉を失った。
 我々だから? それは、はぐれていたからという意味? …いや、はぐれただけならこの国の中だけで解決できるかもしれない。武者だから、多少危険でも帰れるかもしれない? だが私一人ならともかく、黒翼と白翼には危険ではないだろうか。そもそもあの時、翼雷は黒翼と白翼について知る由はないはず…。他は、天宮出身…? いや、天宮から流れ着いたヒトも他にいるだろう。ならば、他には――
 双翼は息をのんだ。
 ――翼神頑駄無の生まれ変わり、だから?――
 ひやりと冷たい汗が首筋を流れる。それは、ごく一部を除き、絶対に知られることのないはずのこと。散斬角は例外であったけれど、それは三人の変幻を見た上でのことだった。あるはずない、あるはずないと必死に念じるが、もはやそれ以外考えられなくなっていた。
「ところで話変わるけど、オイラもちょっと聞いていい?」
「えっ!? あ、あぁ…もちろん…」
 双翼はすぐにうなずく。もはや話題が変わるなら何でもよかった。
「瑠璃丸ってもう知ってるよね?」
「あぁ。この国の王の第二子で…」
「会ったことある?」
「えっ。」
 双翼は再び言葉を失う。
「…たしか、幼いころに亡くなったと…」
「うーん、そうなんだけどさー。」
 彼は、何をどこまで知っているのだろう。そんな疑念が浮かんだ時だった。
「月一とはいえ、今お祭で騒いでるじゃん? ふよーっと出てきたりしそうじゃない?」
「は?」
 双翼は自分の耳を疑った。急に声の調子が変わった上、この内容である。
「…それはつまり…幽霊…」
「化けて出るって言ったら失礼だけどさ、ほら、ありそうじゃない? お盆みたいに。」
「うーん……」
 翼雷は嬉しそうに語るが、双翼はどう反応すれば良いか判断しかねている。
「ていうかさ、実体化して祭の中に紛れてるとかないかな。」
「さすがにそれは…」
「でも幼い時に亡くなっちゃったんだし、成長したような姿とかしてたら誰もわからないんじゃない?」
「…それは…一理あるが…」
「てなわけで見つけたら教えてよ、会ってみたいし。」
「…会ったことないのにわかるか?」
「あ。」
「向こうから名乗ってくれば話は別だが……」
「………。」
 翼雷が黙り込む。
「…オイラもう行くわ。あんまり長く足止めすると邪魔だもんね、うん。」
 やがて、がっかりした様子で歩き出した。
「…でもホントに会ったら教えてよ? これマジだからね?」
「あー、はいはい。」
「絶対だよ? できれば直接オイラの前に連れてきてよ?」
「わかったから。」
 しばらく双翼をじっと見てから、翼雷は立ち去った。
「…しかし…」
 翼雷が見えなくなってから、双翼はぼそりと呟いた。
「…翼雷……彼は……何者なんだ…?」
 今までの様子を思い出しながら、双翼はしばらくの間立ち尽くしていた。


 双翼が戻ってくると、そこでは黒翼らが談笑していた。その中には、先ほどまでいなかった人物の姿もある。
「あっ、兄貴!!」
 黒翼が双翼に気づき、駆け寄ってきた。
「ちょっと兄貴、どこ行ってたんですかー!? せっかく傑作ができたから見てもらおうと思ったのにー!!」
「お供え台にあるんだから、午後にお祭始まれば見えるでしょー?」
 続いてやってきた白翼が言うと、黒翼は「うー」とうなった。
「いや、ごめんごめん。ちょっと街のヒトに声を掛けられてな、世間話をしてきたんだ。…ところで…」
 双翼は闘士や店長らの方を見た。
「辰砂殿も来ていたんだな。」
「うん、警備だってさ。」
「あと、横にいるのは?」
 辰砂の横には一人、見慣れぬ男が立っていた。半月文の街にいたが、見かけたことのない顔である。年齢は双翼と同じか、少し上だろうか。以前会った長曹よりは年下のように見える。その人物も、辰砂らと共にこちらに近づいてきた。
「あなたが天宮の双翼殿?」
「はい。」
「そっか、この間はどうもウチの軍の者がお世話に。」
「あなたの上司含みますけどね。」
「…辰砂、よけなこと言わないでくれない? 挨拶なんだし… えーと、俺は牙辺螺【ガーベラ】。水波術法隊の隊長をやってる。」
「私の直属上司ですよ。私より若いですけど。」
「…だからよけいなことを言うなと…」
 牙辺螺が振り向くと、辰砂は「ほっほっほ」と笑いながらそっぽを向いた。
「まぁ、とにかく、よろしく。」
「はい。」
 牙辺螺が右手を差し出す。双翼もまた右手を差し出し、二人は固く握手を交わした。
「あっ、ところで準備の方は?」
 双翼は店長を見た。
「もう肝心なところは大体終わったんで、みんなで食べる食事を運ぶだけですね。いやぁ、黒翼師匠のおかげで御前に提供する料理が素晴らしいものになりました!」
「いやーそれほどでもー!」
 店長に褒められて、黒翼がにやけた。
「ところで、この料理全部店長が仕込んだの?」
 まだ近くに残っている大量の料理を見、白翼が聞いた。それは海老御前に備えるものとは別に用意されたものだ。
「いやー、さすがに一人じゃ無理さ。御前にお供えするものは毎回当番制なんだけど、その他は街中のヒトの持ち込みで。」
「へー。」
「ちなみに夕食分は城から出るんだぜ。」
「城から!?」
 牙辺螺の言葉に、黒翼・白翼が思わず聞き返した。
「国をあげてのお祭りだからねー。夜は海老御前が現れるし、王様や瑠璃姫様も来るんだよー。」
「すげ…」
「だから瑠璃姫様今はいないんだね。」
「そーなんだよなぁー。」
 黒翼の指摘を聞き、闘士が非常に残念そうな声をあげた。
「せっかくお祭りだから一緒に楽しみたいんだけどさー、石英帝と紫水丸様が表に出るのこの時くらいだからさ、姫もそっちと一緒なんだよー。」
「しすいまる様?」
「石英帝の長男で、次の王様ですよ。」
 辰砂が補足する。
「これだけのヒトが出てくると警備も大変だけど、お祭は大事だしな。」
 さらに牙辺螺が続けた。
「さて、辰砂、そろそろ行こう。」
「仕事さぼってると思われますからね。」
「イヤ先にこっち寄ってったのお前だろ。」
 さすがにいら立ってきたらしく、牙辺螺は辰砂の顔の布をつかんで引っ張りだした。
「あーちょっとやめてくださいよ隊長! 脱げる、脱げちゃいますから!!」
 辰砂は必死に布を押さえた。その様子を見、白翼がぼそりと呟く。
「辰砂さんて真面目な人かと思ってたけど…」
「あー、基本真面目だよ? どーゆーワケか俺に対してだけ発言が容赦ないけど。」
「信用してるからですよ。」
「それどーゆー意味の信用だ?」
 牙辺螺が手を離しながら問うと、辰砂は顔をそむけた。
「たっ、隊長―――ッ!!」
 バタバタと旗をはためかせながら、小柄の男が走ってきた。その旗には「水波術法隊」と書かれている。どうやら軍関連の者らしい。
「どうした水波【スイハ】?」
「まっ…街の方にっ、何か変な武器持ってるやつが飛んでッ…」
 水波と呼ばれた男が息を切らしながら告げる。直後、近くの小屋を破壊しながら、何かが飛びあがった。ギャイイィィとけたたましい音を立てる武器を片手に、瞳に狂気を宿したそれは、双翼らの方へと急降下してきた。


【次回予告】
突然現れた人物の正体は?
そして海周祭は無事開催できるのか?
次回、
第十九話「狂った刃と守る者」

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