第十五話
天来る城の姫



「起きろおぉぉぉっ!! 寝たら死ぬぞおぉぉぉぉ!!」
「う…ぉ…え?」
「死ぬなあぁぁぁぁぁ!!」
「うるせえぇぇぇぇぇ!!!」
 激しく体を揺さぶられ、耳元で容赦なく叫ばれて、黒翼は目を覚ました。だがまだ耳元で絶叫が続いたため、反射に近い形で体を起こし、声の主を殴り飛ばした。殴られた相手はそのまま飛ばされそうになった、が、それをこらえて殴り返してきた。
「何しやがる!!」
「ぐっはぁ!! てっ…テメェ!!」
 黒翼は変幻こそしなかったものの、黒翼神になったときほどの勢いで相手につかみかかり、そのまま二人で激しい殴り合いを繰り広げた。
「うるせェッつってンだろ!!」
「何だよこっちはそっちが倒れてっから死ぬ前に起こそうと必死だったんだっつーの!!」
「寝たら死ぬのは雪山だろ!! 何ここ、砂…砂浜? 死ぬか!!」
「死にますー! 波が打ち寄せてきたらおぼれますー!!」
「波打ち際じゃねェし! 打ち寄せたらおぼれかけて起きるし!!」
「起きてなかったじゃん寝てたじゃん!」
「気絶してたんだっつーの! つかだからおぼれかけるのが起きる条件だって言ってンだろ!」
「おぼれる前に起きてンじゃん!」
「お前がうるせえか」
 バキィ! といい音がし、黒翼の体が宙に浮いた。相手の拳があごに直撃し、殴り上げられたのだ。黒翼には一瞬宇宙が見えた。そしてドサリと砂の上に落ちた衝撃で我に返る。
「いっ……て……ぐおぉ……」
 黒翼はうつぶせになり、じんじんと傷むあごを右手で押さえた。少し耐えてから相手を見ると、得意げに笑っている。
「俺の勝ち!!」
「……も…もうどっちでも……つーか……誰…?」
「ん? あ、俺、闘士【ファイター】。この近くに住んでんだけどさ…お前、見ない顔だな。そっちこそ誰?」
「こ…黒翼っつんだけど…えーと…武者見習い…。」
「へー。」
「…うん。」
「…。」
 闘士が話を広げなかったため、会話が途切れた。黒翼には新たな話を展開する気力はない。いや、むしろ体力のほうがない。
「あっ、そーだ! こんなことしてる場合じゃねェ!!」
 急に、いや、再び闘士が大声をあげた。
「お前さ、姫様見なかった!?」
「姫?」
「瑠璃【るり】姫様!! この辺りに来たはずなんだけどさ、見つかんなくて!」
「…誰?」
「だっ…知らないわけないだろ!? よく町に遊びに来てくれてんじゃねーか!」
「い、いや知らねーよ…つか姫なんてこの国にいたっけ…?」
「いるよ! 何言ってンの!?」
「え? え? ひ、姫って偉い人の娘さんだろ? 天宮で一番偉いのって紅零斗丸様だけど…結婚してたっけ…?」
「あーく? ぐれーどまる? …何それ?」
 闘士が首をかしげながら黒翼を見つめた。黒翼は何が何だか分からず、しばらく黙り込んでしまった。しかし一向に闘士が口を開かないため、恐る恐る話を切り出した。
「……ここ、どこ…?」
「天来【テラ】城の城下町・文【モン】の街。正確にはその近くの砂浜。」
「…国は?」
「輝石の国。」
「……し……知らねェ……」
「マジで? …もしかしてお前、金剛さんとかと同じ?」
「え?」
「あ、えーと、よそのヒト?」
「……多分……」
「こーくーよーくー。」
 なぜか探り探り話している二人の耳に、間延びした声が届いた。振り向くと、背の低い人物が二人、こちらへと歩いてきているのが見えた。一方は薄紅色の着物を着た青い瞳の少女、もう一人は大き目の兜をかぶった少年である。
「白翼!」
「瑠璃姫様!」
 二人はそれぞれ見覚えのある人物を確認し、すぐさま駆け寄った。
「あーもー黒翼でもいいや会えて良かったよー。」
「それはこっちのセリフだ。つーかもう何が何だか…」
「…あんちゃんは、いないんだね…。」
「ん、あぁ、そうだ、…お前も一緒じゃないのか?」
「うん…この瑠璃姫サマに助けてもらったんだけどね、近くには他に誰もいなかったって…。」
「そう、か…」
 黒翼・白翼は一旦顔を見合わせ、そしてため息をついた。
「……ところであのヒト誰?」
「ん?」
 白翼は一緒にいた少女と親しげに話す、闘士を指さした。
「あぁ…俺を助けてくれた、って言うのかどうか…闘士とか言うらしい。…白翼、お前と一緒にいた子は?」
「瑠璃姫サマ。この国のお姫様だって。色々教えてもらった。」
「へぇー。よかったじゃねーか、かわいい子に助けてもらって。俺なんてあの」
「貴様何を考えている―――――ッ!!!!!!」
 突然闘士が黒翼に飛び蹴りをかました。黒翼は悲鳴をあげる暇もなく吹っ飛び、砂浜に体を擦り付けて止まった。普通のヒトの身長の三倍くらいは飛んだだろうか。白翼は突然のことにア然としている。
「な…何…?」
「『何?』じゃねぇ!! お前軽々しく姫様にかわいいなんて」
「えへー、かわいいって言われちゃったー。」
 少女――瑠璃姫が口を開くと同時に、闘士の大声が止まった。瑠璃姫は先ほどの闘士の様子に一切動じず、ニコニコと笑っている。
「闘士くん、るり、かわいいって言われちゃったー。」
「そりゃもう、瑠璃姫様かわいいですから!!
「そう? えへへ。」
「…何コレ。」
 倒れたまま顔だけ起こして、黒翼がつぶやいた。ほんの数十秒前まで殺気を放っていた闘士だが、その顔は瑠璃姫と話して完全にデレデレだ。
「そうだ闘士くん、紹介するね。このヒト白翼くん! あーくって国から来たんだって。あっ、あなた誰?」
「あ、俺? 黒翼…です。まーこいつにどつかれ」
「俺が助けたんですよ!」
 すかさず闘士がさえぎってきた。
「いやもういつものように砂浜走ってたらこの黒翼が倒れてまして! 大変だと思ってすぐに助けました!」
「へー、闘士君優しいねー!」
 瑠璃姫がほめると、闘士は更に調子をよくして話を進めた。
「黒翼ー。」
「ん?」
「何割捏造?」
「捏造って……言った範囲のことは間違っちゃいねェけど……」
「あ、隠蔽ね。」
「……まぁ……。」
「さて! 行こうか!!」
 急に闘士が黒翼の肩を強く叩いた。
「え? 何?」
「どこ行くのさ?」
「街だよ街! 文の街! お前ヒトの話し聞いてなかったのか?」
「聞くも何も、お前姫さんにしか話してなかっただろ。」
「あのねー、街に行ってご飯食べよーってー。」
「姫サマ、僕らお金ないよ。」
「心配すんな、おごってやるから! 少しなら!!」
「少して…」
「さァ行こう!!」
 話がまとまりきらないうちに、闘士が駆け出した。それに瑠璃姫が続く。さらに続くべきか二人が迷っていると、闘士が振り返った。
「早く来い! 置いてくぞ――!!」
「勝手な…」
「待ってー。」
「ちょ、待てお前ら!!」
 黒翼・白翼が駆け出そうとしたところ、さらに別の声がそれを呼び止めた。振り返ると、そこには慌てた様子の見知らぬ男が一人。
「ひっ…ヒトが折角話し終わるのを待っていればッ…落ち着きのない奴らめ!」
「…誰?」
 白翼がしらけた顔で尋ねた。相手の男は、一言で言って、怪しい。黒翼・白翼は当然のことだが、闘士と瑠璃姫が首をかしげているため、完全に知らないヒトのようだ。鎧を着て槍を片手に、子供四人を呼び止めている。おまけにある程度前から様子を見計らっていたと言うではないか。
「大の大人が子供相手に、何の用? 誰? 話し終わるの待ってたって、ずっと聞き耳立ててたの? 失礼じゃない?」
「え、あ、う……」
 早速の白翼の猛攻に、男はたじろいだ。
「わっ、私は…」
「てゆうか何なの? 一人なの? さびしいの? 遊んで欲しい?」
「違うッ!!!」
 男は槍の石突を地面に突き立てた。ドン! …と音でもなってくれれば威圧したことになるが、ここは砂浜。ザクッ、ときれいに槍が立った。白翼が白い目で見たが、男はめげずに続けることにした。
「私は逆零丸【ゲキレイマル】! そこの…瑠璃姫! 共に来てもらう!!」
「待てコラァ――――!!」
 一番遠くにいた闘士が、一気に男――逆零丸の目の前まで走ってきた。
「げきれいまるだァ? 誰だか知らねェが、テメェ何ふざけたこと言ってやがる!!」
「ちょ、闘士、危な…」
「瑠璃姫様は俺らと一緒にお昼ご飯なんだよ!! 後から来といて抜け駆けは許さん!!!」
「は?」
 黒翼と白翼、さらに逆零丸の目が点になった。
「…闘士、多分違…」
「大体見ず知らずのヤツなんかと、瑠璃姫様を二人きりになんてできるかァ!!」
「…おい、ちょっと……私はそういうつもりじゃ…」
「あァ!?」
「闘士、闘士ッ!!」
「あンだよ黒翼、邪魔すんな!!」
 一人勝手に熱くなっている闘士を、黒翼は無理矢理自分のほうに引き寄せた。
「違う…多分、つーか絶対お前違う!」
「あのヒト瑠璃姫サマのこと誘拐する気だよきっと!」
「誘拐!? 何で!?」
「お姫様なら誘拐する理由なんていくらでも思いつくだろ!」
「てゆうかこんなコソコソ話してる場合じゃないよ!」
「あっ! 姫様!!」
 黒翼と白翼に情報を吹き込んでもらうことで、ようやく闘士が危機を感じ取った。慌てて三人は瑠璃姫を見たが、まだ何もされていない。逆零丸は、三人の様子をじっと見ていたようだった。
「……アンタ姫サマさらいに来たんだよね?」
「そうだ、やっと理解したか。」
「……何でボクらがもめてる間にコトを済ましちゃおうとか思わないかなぁ。」
「あっ。」
 逆零丸は慌てて瑠璃姫に近づこうとした、が、すぐさま三人がその行く手を阻んだ。
「今さらやらせるバカがどこにいる!」
「ヌケててくれてて助かったよ…」
「姫様をさらおうとはこの不届きものがァ!!」
「そこをどけ。用があるのは姫だけだ、他の者に手を出すつもりはない。」
「そういう問題かァ!!」
 闘士は叫びながら、逆零丸の足を思い切り踏みつけた。
「ぎゃっ!! おっ…お前…何をする!!」
「姫様に何かしようってンなら、この俺が相手だ!!」
「む、無駄なことはやめろ。子供が私に勝てるとでも?」
「先制攻撃とったもんねー!!」
「…アレを先制攻撃って言うんだ…」
 白翼がつっこんだが、闘士に取り合う様子はない。
「覚悟ッ!!」
 逆零丸の身長を越すほどに飛び上がった闘士は、逆零丸に向かって拳を振り下ろした。それが槍で受け止められそうになると、すかさずその柄をつかんで体を回し、逆零丸の頭を蹴り飛ばした。さらに、その一撃でひるむのを見るとすぐさま姿勢を立て直し、再び拳を振り上げた。
「い…意外とできるな闘士…」
「暑っ苦しいだけじゃないんだねー。」
「闘士くんガンバレー!」
「はーい!」
 瑠璃姫の声を聞き、闘士が満面の笑みでこちらを振り返った。直後。
「スキありっ!!」
「ぐはっ!」
「あっ。」
 逆零丸の槍の柄が、にやけた闘士の頭を強打した。ゴン! という鈍い音と共に、あっけなく勝負はついた。
「まったく、戦ってる途中相手に背を向けるか? 普通…」
 闘士をつかんで黒翼らに投げつけながら、逆零丸は言った。
「闘士くーん、大丈夫ー?」
「闘士のあほー!! 起きろお前、何だよさっきまでのアレは!!」
「ダメだよ黒翼…完全にのびてる……瑠璃姫サマが呼んでも答えないもん…」
「さて、姫を渡してもらおうか。」
 逆零丸が槍を三人に向けた。しかし、それを黒翼が手で払いのける。
「ざっけんなよ! 次は俺が相手だ!!」
「無駄だ、やめておけ。それに私は、子供に手をあげるのは好きじゃない。」
「だったら姫さらうとか言うなよ! 大体、子供だとかなめてンじゃねぇぞ! こっちは毎日兄貴に稽古つけてもらってんだ、自慢の槍術見せてやる!!」
「……槍はどこに持っているんだ?」
「え?」
 黒翼は自身の周りを見渡したが、自慢の槍「鋭牙」はどこにもみあたらない。思い起こせば、目を覚ましてからずっと持っていなかった。
「うああぁぁぁ!!! 槍!! 俺の槍は!? 白翼、お前見なかった!?」
「知らないよ見てないよ。なくしたの?」
「いやだって船から放り出されて気付いたら砂浜でさぁっ…」
「もー、威勢いいこと言っときながら、自分の武器も管理できてないなんて、情けな………」
 呆れてため息を吐いていた白翼だが、懐を探ったところで、その言葉が途絶えた。
「情けないとか言うな仕方ねぇだろ!? つかだったらお前何とかしろよ俺にそんなこと言うんだったらお前は呪符落としてないんだろうな!?」
「………………。」
「何だよ黙り込んで、お前もやっぱ落としたんだろ!?」
「………落としてないよ、うん、落としてはいない………。」
「何だよ、だったら出せよ。」
「……黒翼呪符って何でできてると思う?」
「は? そりゃ紙……」
 黒翼が気付いた。
「濡れたんだな? そうなんだな!? 使えないんだな!?」
「…いや乾いてるんだけど着物に貼っついて…」
「ダメじゃん! お前俺に情けないとか言ったくせに!!」
「言ってないもん途中で止めたもん! しょーがないじゃん海に落ちたんだから!! 紙なんだから!!」
「だったらこっちだって仕方ねぇだろ気ィ失ったんだから!!」
「何だよもー黒翼体きたえてるんだから素手で戦えばいいじゃん!」
「そう簡単にできるかよ兄貴じゃないんだから!」
「あんちゃん稽古つけるときたまに素手だったじゃんあんちゃんの見よう見まねでやればいいじゃん!」
「できたらとっくにやってるわ!!」
「……。」
 黒翼と白翼の口喧嘩は、一向に収まる気配がない。逆零丸はその様子をぼんやりと見ていた。が、先ほど白翼に言われた言葉が急に頭をよぎり、ハッとした。
「そうだ、待たなくていいんだ。」
 小さくつぶやくと、二人のことは放っておき、瑠璃姫に近づきその手をつかんだ。
「すまないが、来てもらうぞ。」
「やだー!」
 瑠璃姫は大声をあげながら、思い切り手を振り払った。
「手荒なことはしたくないんだ、来い!」
「やーめーてー!」
 逆零丸が再び手をつかもうとしたとき、瑠璃姫は拒絶の言葉を放つと同時に、体から強い光を放った。突然のことに逆零丸は思わず目を覆い、また喧嘩をしていた黒翼・白翼も我に返って瑠璃姫を見、逆零丸同様その眩しさに目をつぶった。
「お前、俺の大事なヒトに手を出そうとはいい度胸だな。」
 聞いたことのない声が聞こえると、辺りを包んでいた光が弱まり、消えた。三人が目を開けると、そこに瑠璃姫の姿はない。代わりにいたのは、青い瞳の見知らぬ少年であった。金色の翼を生やし、くの字型をしたヒスイ色の巨大な刃を持って宙に浮いている。
「表裏転換、瑠璃丸【るりまる】だ! 瑠璃に手を出すヤツに容赦はしない!!」
 その少年――瑠璃丸は地面に降りて腰から刀を抜き、そのくの字の巨刃同様透き通った緑色の刃を逆零丸に向けた。
「瑠璃丸…!? 貴様、あの一瞬で一体姫をどこに…!?」
「悪いけどアンタには答えないよ。それより、今立ち去れば見逃してやってもいいけど、どうする?」
「……そういうわけには、いかん!」
 逆零丸は槍を正面へ向け、素早く瑠璃丸に向かって突き出した。すんでのところでかわされると、さらに二撃目、三撃目と徐々に突き出す速度を上げながら接近した。瑠璃丸は一歩ずつ後退をしながら刀で受け流していたが、五回目の攻撃で後ろに大きく跳躍し、縦に一回転しながら距離をとった。
「アンタ、それで本気? 何かこっちの様子をうかがいながらやってるみたいだけど?」
「……!」
 瑠璃丸の言葉で、逆零丸の動きが一瞬止まった。
「さっき子供に手をあげたくないって言ったけど、だったら何でこんなことしてんだよ? ひょっとして誰かに……」
「う、うるさい! だったら望むとおり、本気でやってやろうじゃないか!!」
 大声で言葉をさえぎると、逆零丸は槍の構えを変えた。
「死んでも恨むな…斬魔百烈撃【ザンマヒャクレツゲキ】!!」
 逆零丸は瑠璃丸に向かって槍を突き出した。一瞬のうちに無数の攻撃が繰り出され、くの字の巨刃で身を守ったものの、瑠璃丸の体は耐え切れずはじき飛ばされた。削れた刃の破片が散り、手から離れた刀が砂に突き刺さる。黒翼・白翼は思わず息を飲んだ。
「…その程度?」
 瑠璃丸が、静かに言った。勝利、場合によっては相手の死さえも確信していた逆零丸は、はっとしたように目を見開く。瑠璃丸は空中で回って姿勢を立て直し、今まで楯として使っていた巨刃を構えた。
「本気じゃないなら俺は負けない! 晶氷刃【しょうひょうじん】!!」
 体を大きくひねり、くの字の刃が投げつけられた。自分に向かって飛ぶそれを、逆零丸はいとも簡単に回避する。が、それを見透かしたように刃は背後でぐんと曲線を描き、逆零丸の背中に直撃した。
「ぐはっ…!」
 鎧が砕け、兜にひびが入る。その衝撃に耐え切れず槍を落とし、逆零丸は砂の上に倒れた。相手に当たったことで軌道を変えた巨刃は、すでにその先に移動して待ち構えていた瑠璃丸の手に戻った。
「し…死んだ?」
 黒翼が恐る恐る逆零丸の顔をのぞきこんだ。
「死んではいないと思うよ。コイツとっさによけようとしたみたいだから。」
 巨刃を背中に背負って、瑠璃丸が降りてきた。途中で刀を拾ってきていたらしく、その切っ先を逆零丸に向けた。
「…殺せ。」
 逆零丸が静かに口を開いた。
「そうだな、放っておいたらまた瑠璃のことを狙いそうだし。」
「え、ちょっと!」
「それより理由問い詰めたほうが…」
 黒翼・白翼が止めようとしたが、瑠璃丸は刀を振り上げた。しかし、その状態でしばらく止まり、やがて腕を下ろした。
「…何のつもりだ、早くトドメを刺せ!」
「いや、やっぱりやめとく。」
 瑠璃丸は刀を鞘に納め、逆零丸たちから数歩離れた。
「妹がな、もういいってさ。」
 そう言った瑠璃丸の体が、淡い光に包まれた。そして数秒後にその光が四散すると、そこにはもう瑠璃丸の姿はなかった。
「げきれー丸、仲直りしよー。」
 そこにいたのは、今まで姿が見えなかった、瑠璃姫だった。
「……え? あれ……?」
 逆零丸・黒翼・白翼が首をかしげた。
「…もしかして、瑠璃姫サマが瑠璃丸…?」
「んーん、瑠璃丸はるりのおにーちゃんだよー! いつもはいないんだけど、困ったときに出てきて助けてくれるの!」
 瑠璃姫は何事もなかったかのように、ニコニコしながら逆零丸に歩み寄った。
「ね、仲直り!」
「…何を言っているんだ、私は君を…」
「るり、けがしてないよ。だから、闘士くんに謝ってくれれば、もうそれでいいの。」
 瑠璃姫はそう言って逆零丸に手を差し出した。逆零丸はしばらく呆然としていたが、やがて体を起こし、瑠璃姫の手をとった。
「……瑠璃姫様、申し訳ありませんでした。」
 瑠璃姫はにこりと微笑む。
「じゃ、次は闘士くんね!」
「…まぁ、その闘士は起こさなきゃいけないワケだけどな…」
「まだのびてるもんねー。」
 話をしながら一同は闘士が倒れている場所を振り返った。しかし、なぜかそこに闘士がいない。
「あれ?」
「…起きた?」
「いや…起きたらまず騒ぐだろう、アイツ…」
 ざっ、と砂のこすれる音がした。皆が振り返ると、そこには闘士が立っていた。
「あ、起きてたのか? 何だてっきりまだのびてるかと…」
 黒翼が笑いながら言った。しかし、様子がおかしい。闘士は黒翼のことを無視し、逆零丸に歩み寄った。
「闘士、言っとくけど君が気絶してる間にだいたい解決して…」
 白翼が止めようとすると、闘士は拳を振り上げた。
「え?」
 振り上げられた拳が、わずかな容赦もなく白翼に振り下ろされる。反応の遅れた白翼をかばって、逆零丸がその一撃を受けた。ゴキッと鈍い音がし、逆零丸の腕が曲がった。
「ぐっ…」
「闘士くん!?」
「テメェ、何しやがる!?」
 その闘士の頭には、今までなかった角が生えていた。


【次回予告】第十六話【次回予告】
瑠璃姫の言葉で改心した逆零丸。
しかし、闘士の頭の角は? 闘士は一体どうなってしまったのか!?
次回、
第十六話 「イザナイの文」

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