第十四話
輝く石の島
「オイラ翼雷。」
「いや、聞こえてるから。」
つい数秒前に言った言葉を繰り返した武者に、双翼は言葉を返した。話をする前に、と思って立ち上がる、が、そのために両腕をついた瞬間、全身に痛みが走った。
「ぐっ…」
「大丈夫ー? 手ェ貸そうかー?」
翼雷が手を差し出した。双翼は「すまない」と言いながら右手を重ねた。翼雷はその手を力いっぱい引いた、が、双翼の体は持ち上がらず、そのままずるずると引きずられた。
「うーうーぅー…」
「ちょ、待て、やめ……痛い、痛いから!!」
腕を引かれる痛みと、引きずられる痛みと、そもそもの全身の痛みで、双翼が悲鳴をあげながら手を振り払った。
「何だよもう、人の親切心を。」
「ごめん、ありがた迷惑だった…」
双翼は痛みに耐えながら起き上がった。
「ところで……ここはどこだ? あ、そうだ、私の他に誰かいなかったか?」
「ここは輝石
【きせき】
の国。」
「え?」
「他には誰も見てないけど、離れたトコにはいるかもよ。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。輝石の…国? 天宮ではないのか!?」
双翼が聞き返すと、翼雷がうなずいた。
「位置的には、天宮の南東くらいかなぁ。けっこう小さい島国なんだけどさ、いいトコだよ。」
「輝石…輝石の国……聞いたことがないな…。」
「うん、そうだと思う。他の国からヒトが流れ着くことはあるけど、この国からヒトが出て行くことはごく稀だからね。」
「閉鎖的、と言うことか?」
「んーん、地形の関係で滅多に出らんないんだよ。独特の海流があってね、外から流れてくるものも中から出て行くものも、海流に乗って海岸に流れ着いちゃうの。」
「……じゃあ、私もその海流に乗ってここにたどり着いたと言うことか?」
「たぶんね。…あ、さっき『他に誰か』って言ったっけ?」
「あぁ。実は船が妖怪に襲われて、乗っていた者ほぼ全員が海に投げ出されたんだ。特に、そのときはすぐそばに連れが二人いたんだが……」
「んー、じゃあそばにいた二人は同じくらい飛ばされて、流れ着いてるかもねェ。」
「そうか…じゃあ探してみるよ、ありがとう。」
「……その体で?」
翼雷に言われ、ハッとした。それと同時に忘れていた全身の痛みが蘇り、双翼はひざをついた。
「うっ…!」
「見た感じケガはしてなさそうだけど、一日ぐらい休んだほうがいいんじゃない?」
「し、しかし……」
すっ、と目の前に手のひらがかざされた。顔をずらしてその先を見ると、翼雷が真顔で双翼を見ていた。
「この国から外に出られる次の機会まで、まだ半月ほどある。お前の仲間もまさかそんなに遠くに行ったりはしないだろう。この国は過去に何度も異国から流れ着いた者を受け入れてきた、発見さえされていたら悪い扱いはされていないはずだ。…あせることはない、ゆっくり、確実に事をこなすがいい。」
今までの翼雷の声は、軽快で高めだった。しかし今の声は重みがあり、やや低い。
「…急に、大人びたな…」
双翼が思わず言うと、翼雷がピクリと反応した。
「オイラとっくの昔に元服したけど。」
「えっ!?」
「…何、子供だと思った?」
「え、や……スミマセン。」
自分より年上か否かは分からない。しかし双翼は、気づくと敬語になっていた。
「や、ま、いーんだけどねェー別にィー。」
翼雷はいかにも不機嫌そうにそっぽを向いた。どう見てもいいようには見えない。
「いや、本当にすまない。」
「だからいいってば。」
難しいことこの上ない……
どちらかと言えば少年だろうと見た目で判断してしまった双翼が悪いのだが、翼雷の言いようには不満を覚えずにいられなかった。
「…とりあえず、くだらないことは別にして。」
翼雷が、再び大人びた様子で仕切り直した。
「次の満月の晩、仲間と共に船を用意し、ここから海に出るがいい。海流に乗り、朝には天宮近海にたどり着くだろう。」
「満月の晩? それは一体…」
その問いには答えず、翼雷は双翼に背を向け歩き出した。が、数歩歩いたところで足を止め、今度はまたあの子供に見えるような様子で口を開いた。
「あ、言い忘れてた。そこに道あるっしょ? それ雑木林に入ってくんだけど…道なりにまっすぐ進んでくと『爆迅丸
【ばくじんまる】
』ってヤツの小屋があるから。頼んだら一晩ぐらい泊めてくれるかもよ? じゃ!」
言い終わるとすぐ、翼雷はどこかへ走っていってしまった。双翼は追おうとして立ち上がったが、再び全身を走った痛みで、それを諦めた。
「…何だったんだ、彼は…。…ん、確かさっき『天宮の武者』と……しかしここは『輝石の国』…」
双翼は翼雷との一連の会話を思い出し、首をかしげた。
今まで暮らしてきて、「輝石」と言う国など聞いたことがない。しかし自分と同じ天宮の者であるという翼雷は、この国について詳細に語った。そして、他の国からヒトが流れ着くことはあっても、この国からヒトが出て行くことはごく稀だ、と。翼雷はこの国から出る方法を知る、希少な人物ということなのか。
「そもそも…彼の言ったことは全て事実なのか…?」
疑問ばかりだ。しかし、少なくともここが双翼の見知らぬ地であることには相違なく、翼雷から聞いたこと以外には何の情報もないことも事実。
「…考えていても始まらんか。…黒翼も白翼も、無事だといいのだが……。」
双翼は重い体を引きずるように歩き出した。目指すは翼雷が最後に言った、「爆迅丸」と言う人物の小屋。それ以外に当てがなかった。
日が傾いてきた。つい先ほどまで朝で、船に乗っていたはずだったのにである。砂浜にたどり着くまででどれほど時間が経ったのかはわからないが、かなりの時間気を失っていたらしい。双翼は翼雷に言われた通りに道を進み、雑木林を十分ほど歩いていた。道は分かれ道があってもその先はすぐに細くなって「道」ではなくなっており、迷うことはなかった。やがて、木の間に小さな小屋が見えた。
「…あれか?」
たかだか十分歩いただけだが、双翼の体力は限界に近かった。そこに目的地と思える場所が見え、わずかに気力を取り戻して足を進めた。
小屋は木を組んだ簡単なつくりだ。外から見ると天井は高そうだが、広さは八畳あるかないか、という感じだ。そばには切り株があり、そこに付いた傷と散らかった木くずが、誰かがまきを作っていたことを示している。双翼は小屋に近づき、戸を数回叩いた。
「ごめんください、誰かいませんか?」
そう言って少し待つと、中から足音と思われる音が聞こえた。それは戸に近づき、ガラッと引き戸を引いた。そこには暗い色の鎧兜と外套をまとった、恐らく男であろう人物が立っていた。翼雷の言ったことが正しければ、彼が爆迅丸であるはずだ。
「ようこそいらっしゃいました。」
「突然申し訳ない。」
「いえいえ。」
「失礼ですが、あなたが爆迅丸殿ですか?」
「はい、そうです。知っていてここに来たということは、生きることが辛いのですね?」
「え?」
「いいでしょう、お名前はけっこうです。安らかに眠らせて差し上げます。」
「ちょ…」
「死因の選択はもちろん、死装束に遺書、事故の偽装、何でも承ります。どのような方法がお望みで?」
「待て。」
丁寧な口調でとんでもない話を進める爆迅丸の前に、双翼は右手を突き出した。
「…私は別にそういう用事で来たわけではない…」
「え、そうなんですか? 残念。」
「勝手に来ておいてナンだが、残念はないだろう残念は。」
「そうですか。…じゃ、こんなトコまで何しに来たんです?」
あくまで真顔の爆迅丸を前に、双翼はため息をついて肩を落とした。
「…実は私、ついさきほど近くの砂浜に漂着しまして。そこで翼雷というしょ…青年に助けられ、あなたの家を紹介してもらったのです。」
「そうですかそうですか。あの子ですか。」
「子」って言った。
どうやら双翼でなくとも翼雷は子供に見えるようだ。むしろ爆迅丸は子供と断定している。
「じゃあアレですか、とりあえず今日は町までたどり着けないから、泊めてほしいと。」
「はい、初対面で失礼なのは承知しておりますが…」
「いえいえ構いませんよ。どうぞあがってください。あ、お客さんでないなら、お名前教えていただけますか?」
「双翼と申します。」
「双翼さんですか、ではその名、しっかり胸に刻んでおきましょう。」
「これから死ぬみたいに言わないでもらえますか?」
「あ、失礼。まぁとにかくどうぞ。大したもてなしはできませんけれどね。」
爆迅丸にうながされ、双翼は軽く頭を下げながら小屋の中に入った。その広さは外観から予想したとおりだが、外からは見えなかったものが目に止まった。
「あの…これは…」
「あぁ、すごいでしょう? 『多様武装具百選
【たようぶそうぐひゃくせん】
』と呼んでいます。」
爆迅丸が自慢げに話すそれは、壁一面に立てかけられ、または飾られた無数の武器だ。刀、短刀、槍…様々なものが並んでいるが、とりあえず刃物、特に刀剣が圧倒的に多い。双翼はその凄まじい量にア然としていた。
「オススメはこちらの血乱丸
【ちみだれまる】
でしてね、何と刃が十字に組まれているのですよ。使い方なんですけれどね、斬るよりむしろつ」
「解説はいい。」
双翼は爆迅丸から顔を背けながら、右手で言葉を制した。
「いいんですか? 色々あるのに。」
「何に使うんだこんな量。」
「主に自殺補助ですね。」
目が点になった。
「じさ……まさかさっきの安らかにって……」
「はい、生きるのが辛くなった方に、お望み通りの死を迎えさせて差し上げるのが仕事です。」
「……。」
「双翼さんがお客様一号かと思ったんですけどねェ。」
「初めてかよ!!」
珍しく双翼が突っ込んだ。爆迅丸はやれやれと首を横に振る。
「それがですねェ、訪問者はたびたびあるのですが、話を聞くと皆さんすぐに走り去ってしまうのですよ。」
「…そりゃあなぁ…」
「なので私の名を知っていた双翼さんにはちょっと期待しちゃったんですけど……どうです?」
「何が?」
「依頼。」
「やめとく。」
真顔できつく言うと、実に残念そうに爆迅丸がため息をついた。
「……こんな希望の薄い世の中を生きながらえて、何が楽しいんでしょうねェ……」
「いやお前、だったらお前が生きてる意味はどうなるんだ。」
「…。」
「お前は何か希望持って生きてるのか?」
「さて双翼さん、今日の晩ご飯は何がいいですか?」
いつの間にか包丁を手にして爆迅丸が振り向いた。
「おま…ごまかし」
「おすすめは豆腐の味噌汁です。」
「普通だな!」
焼き魚、豆腐の味噌汁、納豆。それらが双翼と爆迅丸の前に並べられている。
「じゃ、いただきましょうか。」
「主食は!?」
さっきまで言おうか迷っていた双翼だったが、本当に出てこないようなので突っ込んだ。
「え?」
「いやだから主食は!? 穀類は!?」
「あー、今日は気分じゃなかったのでやめました。」
「き、気分じゃないって……」
「ほら、ありません? 今日は魚食べる気分じゃないーとか。」
「魚とかはあっても穀類食べたくないのはそうそうないだろう。っていうかこの献立はどう見てもご飯欲しくならないか?」
「そうでもないですね。」
自分と爆迅丸の感覚の違いに、双翼は肩を落とした。もっとも今は全身の痛みのせいであまり食欲はなく、この献立でも差し支えないと言えば差し支えない。
「では…いただきます…」
「召し上がれ。あ、お魚おかわりありますよ?」
「いりません。」
双翼は爆迅丸の顔を見ず、魚をつつき始めた。
「…ところで双翼さん、たしか漂着したって言ってましたね。どこからきたんです?」
「天宮です。途中妖怪に船が襲われて…」
「天宮ですか。あそこは平和らしくていいですよね。それに比べてこの国ときたら。」
双翼は顔を上げた。
「比べて? …そういえばさっき希望の薄い世の中とか言っていたな。争いでもあるのか?」
「えぇ、まぁ。この国は石英帝
【せきえいてい】
という王が治めているのですけどね、何かそろそろ世代交代するみたいなんですよ。でも次の王がまだ子供らしく……それを不満に思った者たちが集まり、戦争を仕掛けようとしているとかしていないとか。実際小さい戦いは起こってるみたいで、軍が何度か鎮圧しに行ったみたいですよ。」
まったく…と言いながら爆迅丸は腕を組んだ。
「世の中に絶望したなら楽にしてあげるのに。」
「お前その方向性改めたほうがいいと思うぞ。」
双翼は眉をひそめた。それに爆迅丸が反論しようと口を開く、と、外からとを叩く音がし、二人の会話は中断された。
「来客か?」
「はい、今開けます。」
爆迅丸はすぐに立ち上がり、戸を開けた。するとそこには、少年が一人立っていた。
日が暮れたのに子供が一人とは…
双翼がそう思って油断していると、爆迅丸が口を開いた。
「ようこそいらっしゃいました。こんな暗い中わざわざここに来たということは、生きることが辛いのですね?」
「ちょ、爆迅丸ッ…」
「いいでしょう、お名前はけっこうです。安らかに眠らせて差し上げます。」
「待てお前、子供…」
「死因の選択はもちろん、死装束に遺書、事故の偽装、何でも承ります。どのような方法がお望みで?」
双翼は爆迅丸に駆け寄り、その肩を後ろから飛びつくようにがっしりとつかんだ。
「よく見ろ子供の前だぞ!! お前何言ってンだよオイ!!」
「えー?」
「えーじゃない!」
「ばっさりやってください。」
「え?」
子供がありえない言葉を口にしたため、双翼はもちろん爆迅丸も固まった。
「…えーと、何?」
先に口を開いたのは双翼だ。すると少年は爆迅丸を見て再び言った。
「ばっさり切ってください。」
「はい、喜んで。」
ア然としている双翼をそのままにし、爆迅丸は少年を室内に招き入れた。
「ばっさり…じゃあこの『血刃刀
【けつじんとう】
』でどうですか? 細身ながらもよく切れますよ。」
「もっとずばーんといくのがいいです。」
「ずばーんと…じゃあこの怪刀『血散丸
【けっさんまる】
』でいかがですか? 大きく重量もありますので、きっといい感じに…」
「お前たち待てェ―――――――――――!!!!」
双翼が過去最高と思えるほどの大声を出し、二人の間に割って入った。そしてまず爆迅丸のほうを向き、再びその肩をしっかりとつかんだ。
「お前もう少しよく考えろ。ちょっと嬉々として話してんじゃない。ホントもっとよく考えてからモノ言え。」
「…それもそうですね。よく考えたらお金の話とか全然」
「そっちじゃねェ。」
軽く頭突きをしたあと爆迅丸から手を離し、今度は少年に向き直った。
「君もばっさりとか言うんじゃない。命を粗末にするなと教わらなかったか? 大体、何でそんなことを考えるんだ?」
「父さんと母さんがケンカしたから。」
「ケンカ?」
「うん、サンマはさしみとそのまま焼くの、どっちが最高かって。」
「え…」
「父さんは海の男ならそのままさしみ、母さんは焼くだけなのにおいしいのはすばらしい、ってゆずらなくて。」
「……。」
「死にたい…」
「何で!?」
双翼は思わず爆迅丸相手と同じノリで突っ込んだ。というより、爆迅丸と同じノリに自然となった。
「サンマの食べ方なんて…好き嫌いは人それぞれだろう? 家族で相談して、日によって調理法を変えればいいじゃないか。」
「だって…ぼくが好きなのサンマのつみれだもん。」
「つっ……」
双翼はめまいがした。果たしてこれは死にたくなるほどの話なのか、しかし本人にとっては致命的なことなのか…もはや双翼にはまったく判断できない。
「だったらおひたしなんてどうです?」
爆迅丸が差し出口をした。急に入ってこられたため、双翼は一瞬固まる。少年も驚いて口を閉ざしてしまった。爆迅丸は戯れ言を続ける。
「サンマってしょうゆと相性がいいと思いませんか? 焼けばしょうゆ、刺身にもしょうゆ、それにつみれは鍋に入れてしょうゆで味付けすることもあるでしょう。ということは、おひたしにしてしょうゆをかけてもおいしいってことですよ。」
「た…食べたことないからそれが美味いか不味いかは分からんが…お前この状況で…」
「それだ!!」
子供が急に嬉々とした表情で叫んだ。
「それ、って……」
「みんなサンマが好きだから、毎日色んな食べ方をためせばいいんだ! きっと色々ためしてるうちに焼くかさしみかつみれかなんて気にならなくなるよ!!」
「なるのか!?」
「なるよ!!」
「なりますね。」
「爆迅丸!?」
「こうしちゃいられない!!」
子供は飛び上がりそうな勢いで立ち上がり、爆迅丸に頭を下げた。
「せっかく来たけどごめんなさい、死んじゃいられなくなりました! おうちに帰ってたくさんサンマ料理します!!」
「残念ですが、それは仕方がないですね。とりあえずおひたしにしてみてください。」
「うん!!」
子供は入ってきたときとは打って変わってはつらつとし、小屋から飛び出して行った。
「……爆迅丸。」
少ししてから双翼が口を開いた。
「何です?」
「お前…何がしたいんだ…?」
「サンマが食べたいですね。」
「……。」
翌日、そこそこ体力の戻った双翼は爆迅丸の小屋を出た。
「お世話になりました。」
「もう少しいてもいいんですよ?」
「いや、これ以上タダで世話になるわけにはいかない。」
「だったら私の仕事を手伝ってくだされば…」
「なおさらそういうわけにはいかん。」
爆迅丸はしばらく双翼の目をじっと見ていたが、やがて諦めてため息をついた。
「…しかし双翼さん、勉強になりましたよ。」
「え?」
「私は、世の中に希望がないと思ったならそれで終わり、死んでしまうのが一番だと思っていました。しかし…話を聞くことで、隠れている希望を探すこともできるのですね。」
「爆迅丸…」
「……でもやっぱり、もったいなかったなァお客様。」
「お前善か? 悪か?」
【次回予告】
見知らぬ地で黒翼・白翼を探す双翼。
一方その頃、二人は…?
次回、
第十五話 「天来る城の姫」