第十三話
海と薙刀、そして烏賊



「航路を使って、破悪民我夢【バーミンガム】の街へ行こう。」
 散斬角と別れた翌日の朝、双翼は話を切り出した。近年このあたりに新しい港町ができ、そこから破悪民我夢の街方面へ、船が出るようになったのだ。
「破悪民我夢の街!?」
「航路!?」
 黒翼と白翼の目が輝いた。破悪民我夢の街は、烈帝城【れっていじょう】の城下町だ。覇大将軍と魔刃頑駄無との戦いで一度は壊滅したが、現在は復興が進み、かつてのにぎわいを取り戻しつつある。
「破悪民我夢って、アレだよね? 烈帝城が近いんだから、きっと新世武者軍団の人たちいるよね!?」
「絶対とは言えないが、警備の者などに会える可能性は他の町より高いだろうな。」
 黒翼は走り転がりはしゃぎ回った。
「あんちゃんあんちゃん、航路ってことは船でしょ!? 僕乗るの初めてなんだけど!」
「そうか、私は旅が長いから数回乗ったことある。船酔いにさえならなければだが、船はいいぞ。」
 珍しく白翼も、駆けて跳んで大はしゃぎだ。ずっと山にいたのだから、船に憧れるのも分かる。
「あーこら二人共、はしゃぎすぎだ。まだ町にも着いていないだろうが。」
「よし、じゃあ早く行こう!」
 黒翼と白翼が、ほぼ同時に走り出した。
「元気だなー……って、待て! お前たち町の方向知らないだろ! おい、そっちじゃなくて、左!!」
 違う方向へ駆けて行ってしまった二人を、双翼は大慌てで連れ戻した。


 不論帝悪村から東へ半日の距離、そこに那舵【ナーダ】の町はあった。町というよりは、そこ全体が港と店であるに等しい。町に入るとすぐに土産物屋が並び、少し奥では鮮魚の卸売りが行われている。漁師が多くいるため、食事処も何軒か見られた。
 しかし、買い物も観光も食事も、今の彼らには関係なかった。
「船っ! 船ーっ!」
「うおぉ、浮いてる浮いてる!」
「落ち着きなさい。」
 走り回る黒翼と白翼を、双翼が捕まえた。三人は今、船の上にいる。
「ねぇあんちゃん、出航まだ? まだ?」
「まだだって。日没と共に出航ってさっき言って……もしかして聞いてなかったのか?」
 確認すると、白翼は首を真横に振った。
「何でー? 明るいうちに出航したほうが安全じゃーん!」
 今度は黒翼が口を開いた。こちらも早く破悪民我夢に行きたくて、ウズウズしているらしい。
「以前聞いた話なのだが、このあたりでは、日没前に妖怪が出るそうだ。」
「妖怪が?」
「フツー妖怪とかって夜元気になるもんじゃないの?」
「まぁ普通はな。だがこの辺りに出るやつは、日没前に港へ戻る漁船を狙うらしい。」
「へー。」
「意外と賢いんだねー。」
 説明を聞き、二人は納得した。とりあえず、出航まではまだまだ時間がある。
「この船も漁船だからな。まだ漁はしていないが…妖怪はそのあたりの区別はしないわけだし。」
「遠くで漁をして、その後破悪民我夢で魚売るんだっけ?」
「あぁ、帰りは逆に戻りながら漁をするそうだが。」
「じゃ、漁の道具とかもあるんだよね!? 僕、船の中見て来る――――!!」
「あっ、俺も俺も!!」
 白翼と黒翼が走っていった。
 ……白翼、このままいくと戦ってもいないのに変幻しそうだな……
 白翼神なみのノリで動き回る白翼を見、双翼はふとそう思った。


 翌日。
 船は自らが灯す火だけを頼りに深夜の漁港を出発し、朝には無事沖合いまで進んでいた。
「あんちゃん朝だよ! 船だよ! 海だよ!!」
「……うぅ……」
 白翼が布団の横ではしゃいでいると、双翼が小さくうめいた。
「ふあ……兄貴ー、おはよー。」
 白翼の声で黒翼も目を覚まし、双翼のほうを振り向いた。双翼は珍しく、まだ寝ていた。
「あれ? 兄貴?」
 黒翼と白翼に背を向け、布団の中で体を丸めている双翼。興奮している白翼は別として、黒翼はさすがにおかしいと気づいた。
「どうしたんスか?」
「き…気持ち悪い……」
「え?」
 黒翼と、はしゃいでいた白翼も、動きを止めた。
「何で?」
「船酔い……」
「あんちゃん、船苦手だったの…?」
「いや…時と場合によって……こう……」
「いつもじゃないんだ?」
「今のところ………六割……」
 負け越しだ!!
 口には出さなかったが、黒翼と白翼は心の中で叫んだ。
「まー…吐きそうなほどひどくはないし……たぶんやることはないだろうから…しばらく休んでるよ…。」
 双翼はそう言うと布団をかぶった。しかし、すぐに再び顔を出した。
「そうだ…たしかそろそろ朝食だと思うから、先に行って食べてくるといい。私はもう少し寝てるから、船乗りや漁師の人たちによろしく言ってくれ…。」
「はーい。」
 黒翼と白翼は、そろって船室から出ようとした。その時。
 ズン!
 大きな音と共に、ぐらぐらと船が揺れた。二人はその場で転倒し、双翼はさらに気分悪そうに頭を抱えた。
「何だ!?」
「何かにぶつかったのかな!?」
 黒翼・白翼が立ち上がりながらキョロキョロしていると、部屋の前を船乗りや客が走り抜けて行った。
「妖怪だっ!」
「あの化け物が出た!!」
「妖怪!?」
 人々の声を聞き、双翼も起き上がった。
「行こう兄貴!」
「あぁ…」
「あんちゃん大丈夫?」
「うぅ…変幻する体力はないが、まぁ、何とか…」
 ふらつき気味の双翼も加え、三人はそろって部屋を出た。廊下を走り、階段を駆け上り、甲板へ飛び出す。すると目の前に、巨大な化け物の姿が飛び込んできた。
 茶色で吸盤のついた多くの足。その中でも特に長く、船を抱えるように吸い付いている二本の触手。赤い甲。白く三角の巨体。
「で、で、でかい烏賊参枚だ――――――ッ!!!!!」
 黒翼が叫んだ。双翼と白翼は、驚きのあまり絶句している。その大きさは船と同程度あろうか。緑に光るその瞳だけで、ヒトの頭ほどの大きさがありそうだ。しかもその頭上には、これまたヒト一人を包んでしまえそうな大きさのヒトデが君臨していた。
「大王烏賊参枚【ダイオウイカザンマイ】だ!」
 船乗りが叫んだ。
「バカな、まだ明け方だというのに!」
「ぎょろろ―――ッ!!」
 騒ぐ船乗りたちをあざ笑うかのように、その巨大な烏賊参枚――大王烏賊参枚が雄叫びを上げた。奇妙な声は普通のものと同じだが、声量がまるで違う。鳴き声と共に、「ゴオォ」という空気が大きく動く音が聞こえた。
「い、烏賊参枚は池や川の妖怪じゃないのか…!?」
「え、何か違うの!?」
 双翼の言葉に、黒翼が質問を返した。
「黒翼あのね、海の水は塩水だから、普通の水で生きてる生物にはキツイの。だから普通、長くいると死んじゃうんだって。」
 白翼が代わりに答えた。それに双翼が続ける。
「まぁ、淡水にすむ烏賊参枚が海水に耐えて進化か突然変異でもしたというなら、納得いくがな。」
 双翼が言い終わると同時に刀を抜いた。それに続き、黒翼も槍を、そして白翼は呪符を構えた。そして三人はそろって大王烏賊参枚のいる船首付近に駆け寄った。
「恐らく巨大になっても基本は同じだ。白翼、アイツの額に第二の目があるが、それは見るな!」
「うん!」
「あ。」
 白翼がうなずいた直後、黒翼が声を上げた。
「どうしたの黒翼?」
「……。黒翼まさか。」
「……………。」
 黒翼の沈黙が、双翼に嫌なことを思い出させた。
「え、何、何? どうしたの?」
 白翼は言いながら黒翼の顔をのぞきこんだ。黒翼は額から頬から首から、大量の汗を流している。そして視線は、少し上。
「ら―――――――ッ!!!!!」
「キレたああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
 額の目玉と目を合わされた大王烏賊参枚は、双翼が予想した通りの行動を見せた。つまり、かつて黒翼を助けたとき同様、怒り狂った。その様子に、烏賊参枚の特色を知っていたらしい船乗りたちも絶叫した。
「おおおぉぉぉぉぉぉろろろら―――――――ッ!!!!!」
 大王烏賊参枚は奇声を発しながら、船をつかんでいた二本の長い触手をそのまま上に振り上げた。船は一瞬中に浮き、船尾を軸にするかのように船首が後方へ美しく弧を描く。甲板に出ていた人々は船首に近い者は遠方へ投げ出され、船尾に近い者は傾いた床からずり落ち着水し、そして船は海へ綺麗に伏した。


「ろーらっ、ろーらっ。」
 大仕事をして機嫌の直った大王烏賊参枚は、餌をあさるためだろうか、ひっくり返した船をもう一度持ち上げ、元に戻した。海に投げ出されて必死に船をつかんでいた者が、力を振り絞って甲板に戻ったり、力尽きて海に落ちたりしたが、そんなのは気にしていないようだ。
 その時、布に巻かれた長い棒らしきものを持った一人のヒトが、船室から飛び出した。
「ぎょろっ?」
 これからあさろうとしていたところから何か出てきたので、大王烏賊参枚はそれに注目した。
「ちょっとアンタ! よくもやってくれたわね!!」
 出てきた人物は、頭に赤い手ぬぐいを縛り、黒く少し癖のある長髪をその上の後頭部で結った軽装の武者、しかも女性であった。持っていたものから布を取り払うと、三つ折にされた巨大薙刀がその姿を現した。女武者は慣れた手つきで薙刀を真っ直ぐに伸ばして折り目を固定、大王烏賊参枚の前にその切っ先を向けた。
「我が名は百合【ゆり】! あんたを退治するために派遣された、新世武者軍団の一員よッ!」
 その女武者――百合は、身長の三倍はあろう薙刀を持って大王烏賊参枚に跳びかかった。
「ぎょろら――――っ!!」
 ゴオォ! と空気の揺れる音。同時に振り上げられた触手が、百合に向かって振り下ろされようとしていた。しかし大王烏賊参枚の頭上にまで跳び上がった彼女は、全くひるむ様子を見せない。
「大薙刀・縦一文字切り! やあぁぁぁぁぁっ!!」
 声を上げながら、百合は自身の体が落下を始めると同時に、その巨大な薙刀を振り下ろした。重力の助けを得た薙刀は大王烏賊参枚の頭頂部から食い込み、一気に真下までその巨体を引き裂き、言葉そのままに一刀両断した。
「ぎょろっ……」
 大王烏賊参枚は最後に小さくうめき、ぐらりと体を傾けた。そしてそのまま大波を立てながら海に倒れ、海底へと沈んでいった。
「よしっ!!」
 大王烏賊参枚をぶった切ったあと、百合は先ほど戻された船の上に着地した。そして敵が再び起き上がってこないことを確認すると、右の拳を握って振り上げた。
「…って、こんな場合じゃないわ。」
 百合はふと気がつき、船から海面を確認した。
「皆さん無事ですかー? 今から縄とか色々おろすんで、とりあえず頑張って船の周りに来てくださーい!」
 百合は周囲に漂っている人々に声をかけてから、線上にある縄を片っ端から船に結びつけ、海にたらした。
「あ、船に残ってるヒトは手伝ってください! 縄にヒトが捕まったら引き上げたげて! 誰か船乗りさん残ってないー? イカリどこー?」
 百合は運よく船から落ちなかったヒト、船に掴まっていて何とか甲板に復帰したヒトを集め、次々と指示を出した。そしてイカリをおろすと自身もヒトの引き上げに参加した。
「姉ちゃんすごいな、ホントに新世武者軍団のヒトなんだ?」
 船乗りと思われる男が、百合に話しかけてきた。
「えぇ、まぁ…ってそれより、ちょっとヒトが乗ったら船傾き始めたんで、穴開いてないかとか、水かき出すとか、やってもらえますか? あたしちょっと遠くのヒト助けて来るんで。」
「え、遠く?」
 男がア然としていると、百合は薙刀を置き、助走をつけて海に飛び込んだ。
「あ――――!!」
 突然の行動に驚き人々は叫んだが、百合は悠々と海を泳ぎ、ヒトを船の近くまで引き寄せ始めた。


「全員いますかー?」
 船の近くにいたヒトをおおかた助け終え、百合が声を張り上げた。気絶したりぐったりしたりしているヒトはいるが、今のところ死者は見受けられない。
「どうです船長さん?」
「いやオレ船長じゃねーけど。」
「んじゃ船長じゃなくてもいいや。全員いそう?」
 百合は適当に近くの元気そうな男を捕まえ、聞いた。
「え、あー……とりあえず漁師仲間は全員いたよ。」
「そう、よかった。じゃ、次、誰かお客代表ー!」
 百合は次の無茶振り相手を探した。しかし、客と思われる人々は皆顔を背けた。
「あーもー、じゃあ、友達がいないとか家族がいないとか、ないー? ないー? …じゃ、一応大丈夫かしら。」
「あのー……」
 確認を終えようとしたとき、船乗りの一人が手を上げた。
「何?」
「…最初に化け物と戦おうとしてた三人がいないみたいなんですけど…」
「え?」
 百合を含め、その場の全てが沈黙した。


 ザザ……
 静かな砂浜、その波打ち際。そこに一人の青年が倒れていた。
 波の音が聞こえる。手元には濡れた砂の感覚。そういえば、頭や背中が何だか重い。髪や外套が濡れたかな……少し寒い気がする。
「生きてるー?」
 声が聞こえた。誰だろう……白翼? 黒翼? …いや、ちょっと似てるかもしれないが、どちらでもない…
 双翼はうっすらと目を開け、頭を上げた。
「あっ、起きた。」
 目の前には、紫の鎧をまとった、見知らぬ少年が立っていた。
「君は…?」
「オイラ翼雷【ヨクライ】。天宮の武者。」
 少年はそう名乗ると、にこりと笑った。


【次回予告】第十四話【次回予告】
船から投げ出された双翼ら一行。黒翼は、白翼は、無事なのか?
そして翼雷とは何者? そもそもここはどこなのか!?
次回、
第十四話 「輝く石の島」

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