第十二話
マガイモノの脅威



「兄貴ー、不論帝悪村【フロンティアむら】までどれくらい〜?」
「もうそんなにはかからないだろう。二、三時間くらいかな。」
「えっ、長ッ!」
「ははは、三時間くらいすぐだって。それに日暮れまでには、二回くらい茶店に寄って一服する余裕だってあるぞ。」
 双翼一行は、相変わらずの雑談をしながら歩いていた。しかし少し歩くと、道端の妙なモノが目に飛び込んできた。どうやらヒトのようであるのだが、台車のようなものを体にくくりつけ、それに寄りかかって眠っているのだ。
「何だコレ、道まではみ出して……邪魔だなァ。」
「こら黒翼、ヒトに対して『コレ』は失礼だぞ。」
「でもあんちゃん、邪魔なモンは邪魔だよ。第一何このかっこう。」
 白翼の指摘通り、それの不自然さは台車だけではない。その背中には黒く塗られた板が二枚貼り付いており、頭には不釣合いな大きく平たい角(…というよりむしろトサカ)と、鳥のくちばしのような形をした灰色の帽子が乗せられていた。オマケにその両手には、妖怪の爪から腕までをかたどったかのような棒が握られている。
「何だか、歴史書に載っている『黒魔神闇皇帝【くろまじんやみこうてい】』に似てるな。」
「散斬角、それ、さすがに黒魔神闇皇帝に失礼だよ。」
「そうそう、いくら大悪党の黒魔神闇皇帝って言ったって、コレと比べちゃうのはあまりにも酷って言うか…」
「白翼、黒翼、お前らこのヒトに失礼だとか酷だとか、そういう認識ないのか…?」
 四人はそう話しながら、そっとその奇妙なモノのそばを通り過ぎていった。しかし、最後尾を歩いていた散斬角が通り過ぎようとしたそのとき――
「おぐわっ! …ハッ、夢か!!!」
 急にそのモノが寝言と共に目を覚ました。その声に驚いた散斬角は思わずそちらを振り返り、そしてそれと目が合った。
「…何だお前ら?」
「え? あー……お目覚めで?」
 寝ぼけたそのモノに問われ、散斬角は苦笑いしながら言った。
「散斬角ッ、何やってンの、行くよ!」
「ん、あ、お前らヒトか? ちょっと待て!!」
 白翼は急いで散斬角の腕を引っ張ったが、そのモノは四人の存在をはっきり認識したらしく、呼び止めた。
「フム、武者の集団で、頑駄無も三体か……」
 それは四人の顔を見回し、にやりと笑った。
「はーっはっはっは……あ、違った! グワ〜ラ〜シャキシャキ!! 我は殺駆魔神偽皇帝【ザクマジンニセコウテイ】なり〜!」
「は?」
「殺駆魔神?」
「偽皇帝?」
 そのモノの謎の名乗りに、四人は首をかしげた。
「…何か響きが黒魔神闇皇帝に似てるんだけど…」
「…真似てンのか?」
「その通りっ!!」
 そのモノは「黒魔神闇皇帝」の名が出ると、満面の笑みを浮かべた。
「俺は現代の闇の権化となるべく、黒魔神闇皇帝様を見習い修行中! あこがれ妖怪・殺駆魔神偽皇帝だッ!!」
「ばっかみたい。」
「何を!?」
「憧れるんなら、見た目より先に実力から真似たらどう?」
「ぐっ…」
「第一その見た目だと、黒魔神闇皇帝に対する侮辱にしか見えないけど?」
「…!! だっ…黙れ黙れ黙れェっ!!」
 殺駆魔神偽皇帝――略して偽皇帝は、わめき散らしながら背中の台車に手を伸ばし、そこから銃火器のようなものを取り出した。
「あ、あれはまさか、黒星砲【こくせいほう】!?」
「黒星砲? 何だそれ?」
「黒翼知らないのッ!? その一撃は大地を激震させるっていう、すっごい強い黒魔神闇皇帝の武器だよ!!」
「お…お前よく知ってるな……」
「お寺の本に書いてあったの!」
 白翼が解説している間に、偽皇帝は黒星砲らしき銃をこちらに向けていた。
「くらえぃ、黒星砲【くろぼしほう】!!」
「くろぼし!?」
 バララララッ、パスンパスン
 たまたま狙われた黒翼と白翼は反射的に攻撃をかわした、が、黒星砲【こくせいほう】改め黒星砲【くろぼしほう】から撃たれた弾は大して飛ばず、間抜けな音と共に地面に散乱した。その上早くも弾切れで、弾を撃とうと銃が動く音だけが響いた。
「…あのー……くろぼしって、何?」
 攻撃が終わってから、黒翼が尋ねた。
「黒星砲【くろぼしほう】は、相手に必ず黒星(負け星)を付けられる、スゴイ武器だ! しかも、その名前の漢字は黒魔神闇皇帝様の黒星砲【こくせいほう】と同じ!!」
「頭おかしいんじゃ?」
「こ、このガキまたしても――! 許さねぇ、あぁ許さねぇ!」
 偽皇帝は黒星砲【くろぼしほう】を台車にしまい、寝ているときに持っていた棒らしきものを再び取り出した。
「牙刺【ガサス】!!」
「がさす!?」
 爪のような棒を振り回しながら、偽皇帝は四人に襲いかかった。しかしがむしゃらに振り回しているだけらしく、それはいっこうに命中しない。しまいには偽皇帝のほうが息をあげ、攻撃を中断してしまった。
「…あのー……がさすって、何?」
 攻撃が終わってから、再び黒翼が尋ねた。
「牙刺は、黒魔神闇皇帝様の『ギャザズ』を真似て作ったこのかぎづめだ!」
「似ても似つかないね。」
「何をぅ!?」
「ギャザズってアレでしょ、黒魔神闇皇帝の両腕の爪。アレって本来完全に手の一部じゃん。しかも無茶苦茶鋭くって、かすっただけでもかなり痛いらしいよ?」
「…ホント何でそこまで知ってるんだ…?」
 偽皇帝にむかってイチャモンをつけたり解説をしたりする白翼を見、双翼がつぶやいた。
「だいたいさぁ、棒の先に爪くっつけて、それを両手で握るってのもおかしいでしょ? ちょっと見せてみなよ。」
 白翼はそう言いながら偽皇帝に近づいた。偽皇帝の方も白翼の(黒魔神闇皇帝に関する)知識に感心してか、言われるままに牙刺を差し出した。
「もっとここをこうやってさー…」
「え、どこどこ?」
 偽皇帝が手元をのぞき込むと、白翼は彼の頭になにやら紙を貼りつけた。
「とう、『攻勢陣 荒破天【こうせいじん こうはてん】』!」
 白翼がそう言いながらぱっと離れると、偽皇帝に貼られた紙を中心に丸い結界が出現した。さらにその直後、結界からその中にいる偽皇帝に向かって、無数の光線が放たれた。
 ズババズビ――――ッ
「ぎゃあああぁぁぁっ!?!?」
 悲鳴をあげる偽皇帝、しかし、無情の光線がそうすぐ止まってくれるはずもない。
「む、ムゴイ…」
「いや、スキだらけだったもんで、つい。」
「き、気持ちは分かるけど…」
 結界の中で黒焦げになっていく偽皇帝に、双翼は少なからず同情をした。
「て…テメェよくもおおぉぉっ…!!」
「あ、もう解けた。」
「無法党との戦いン時に比べ、やけに短いなぁ……」
 一分足らずで攻撃が終了したため、白翼と黒翼はつぶやいた。しかし、長かろうが短かろうが関係なく、偽皇帝の怒りは頂点に達しようとしている。
「もうタダじゃおかねぇ、あぁタダじゃおかねぇ!! くらええぇっ!!」
 偽皇帝は叫ぶと、黒翼に向かって走り出した。台車がガラガラと音を立てて何とも間抜けであるが、意外にもその足は、逃げる黒翼よりも早い。偽皇帝は黒翼に追いつくと、同時に自分の頭の角に手をかけた。
「必殺! 冥頭板【メイズバン】!!」
 バッコ―――ン
「ギャ――――!?」
 何と偽皇帝は角を取り外し、それで黒翼を真横から強打、弾き飛ばした。
「黒翼!」
「大丈夫か?」
 双翼と散斬角が黒翼に駆け寄った。しかし、さほど強い攻撃ではなかったらしく、黒翼が負ったのは、転倒した際のかすり傷だけである。
「あのー、何今の『めいずばん』て。」
 白翼が偽皇帝を見た。
「黒魔神闇皇帝様の『メイズバーン』を真似して考えた技だ!」
「……メイズバーンって呪術みたいな攻撃のはずじゃん。ホントさ、馬鹿にしてンの?」
「馬鹿にしてるはずないだろ! 大いに尊敬しているからこそ……」
「関係あるか――――ッ!!!!」
「ぐっはぁ!」
 突如黒翼が起き上がり、偽皇帝にとび蹴りを食らわした。偽皇帝は先ほどの黒翼以上に吹き飛んだが、黒翼の怒りはおさまらない。
「なぁにが尊敬だアホらしい攻撃ばっかりで―――! ただじゃおかねぇのはこっちのほうだこの野郎!! 妖魔解禁ッ!!」
「えっ…変幻ッ…??」
 黒翼の突然の変幻に、散斬角は驚きア然とした。
「うわっ、闇っぽくてうらやまし……じゃなくて! こらガキ! テメェなんぞが闇っぽい姿をするなんて、百年早ェんだよ!!」
「ガキじゃねェ、黒翼神頑駄無様だ!! 大体、貴様に言われたくねェ!!」
「俺が言わずに誰が言う!?」
 黒翼神は偽皇帝に槍の切っ先を向けた。偽皇帝はそれに対し、牙刺を突き出す。
「あーあー、熱くなっちゃって……」
 双翼はあきれた声を出した。
「白翼、あの二人に、さっきみたいに冷静に言ってやってくれないか?」
「うん。気力充填ー!」
「へ?」
 白翼のツッコミを期待していた双翼は、柄にもなく間の抜けた声を出した。目をやると、そばには白翼神が立っていた。
「い、今までのどこで『気力充填』できる要素が…!?」
「何かアイツ、ボコボコにしがいがありそうだよね!」
 白翼がそう思うほど間抜けか…。
「は、白翼も変幻を……?」
「白翼神って呼んでー。」
 驚く散斬角に、白翼神が微笑んだ。
「黒翼神ー! 僕も加勢するからー!」
 散斬角に背を向けると、白翼神は、いつの間にか戦い始めている黒翼神と偽皇帝のほうに飛んでいった。
「邪魔だ白翼神! 巻き添えにすンぞ!?」
「邪魔はしないよ、大丈夫ー。」
「このやろ……あ、いや、ギャッスラ―――!! 愚か者め、冥府へ行くがいい!! 黒星砲【くろぼしほう】!!」
 二対一、しかも相手が黒魔神闇皇帝のまがい物であれば、勝負は見えたようなものだ。双翼はそう思って手出しはしなかった。
「黒翼神と白翼神…? 変幻…?」
 突然のことで事態が飲み込めていないのか、散斬角はぶつぶつと繰り返していた。双翼はちらりとその様子を見たが、戦う三人が騒いでいるので、再びそちらに視線を戻した。
 実際、勝負は双翼が思ったほど簡単にはすまなかった。台車を引きずる偽皇帝は小回りがきかず、黒翼神・白翼神の攻撃は命中していた。しかし当たったと思っても身体の後ろにあるのはただの台車であり、偽皇帝に痛手を与えた攻撃は半分程度しかない。しかも台車が破壊されるにつれ偽皇帝は身軽になり、その動きは俊敏さを増していった。
「あーもー台車がうざってェ―――! 食らえ必殺・死千牙【しせんが】!!」
 黒翼神は偽皇帝の台車に飛び乗ると、槍を振り回してそれを完全に破壊した。バラバラと木の破片が辺りに飛び散る。それを見た偽皇帝はカッと目を見開いた。
「テメッ、よくも俺の『闇台車【やみだいしゃ】』を――!!」
 白翼神が戦闘に意欲満々のため、黒魔神闇皇帝の背面にあるのは「闇の本体」である、というツッコミはどこからも起こらない。
「いーじゃん、身軽になったんだしー!」
「次はテメェだ偽皇帝!!」
 黒翼神と白翼神は、槍と二本の刀、それぞれ同時に武器を振り上げた。偽皇帝の右と左、両側から叩く形となる。しかし、ここに来て、偽皇帝は今までにない動きを見せた。
 しゃがむ!
 今までは台車を腰でくくっていたため、偽皇帝は身をかがめることが出来なかった。しかし台車が背後になくなった今、彼の動きの自由度は格段に増していたのだ。二人が振り上げた武器はそのまま、正面にいた相手にぶつかった――白翼神に当たったのは黒翼神の槍の柄であったが、黒翼神には白翼神の刀が二本、兜の角飾りに当たった。幸い角飾りのおかげで頭にそれが食い込むような事態は避けられたが、それで満足する黒翼神であるはずがない。
「てっ…テメエエェェェ――――ッ!! 何しやがるんだ殺す気か―――!! 邪魔するなって言っただろ――!!!」
「台車破壊したのはそっちじゃん! 自業自得じゃん! それに第一、わざとじゃないし!」
「うるせえぇぇぇ――――!!」
 黒翼神は我をも忘れて、白翼神に斬りかかった。…いや、そもそも変幻した時点で我は忘れているかもしれないが。
「も――っ、わざとじゃないって言ってるのに―――!!!」
 白翼神は黒翼神に向かって、今度は本当に狙って刀を振った。
「黒翼神! 白翼神! やめないか!!」
 双翼が言っても、もはや二人が聞き入れる様子はない。あっちへ飛び、こっちへ飛び、時には双翼や散斬角の間をかすめるようにすり抜け、武器を交えた。双翼と散斬角は何とかそれを捕らえようとするが、宙を自在に舞う二人には、なかなか手が届かない。
「お、おい双翼! 二人は……」
 散斬角が声をかけた。双翼が振り向くと、散斬角の真後ろで、偽皇帝が小刻みに震えているのが見えた。
「無視するな―――!!」
「!!」
 黒翼神と白翼神に気を取られた双翼・散斬角は、偽皇帝のことをすっかり忘れていたのだ。偽皇帝は、自分に無防備な背中を見せた散斬角に飛びかかった。
「お前らなんか死んじまえ、獄炎熱風【ごくえんねっぷう】!!!」
 偽皇帝は口から黒い炎を吹き出した。散斬角は急いで身を翻すが、近すぎて炎からは逃れられない。瞬く間に散斬角の鎧は熱を帯びていった。
 ――神通力展開!!――
 炎が引いたかと思うと、倒れている偽皇帝が目に入る。散斬角は一瞬、何が起きたかわからなかった。彼の目の前には、銀色の鎧をまとい、白と黒の翼を生やした、長髪の武者が一人。
「大丈夫か、散斬角!」
 振り向いた彼の声は、双翼のものだ。双翼は偽皇帝の動きを見、とっさに変幻して斬りかかったのである。幸い、散斬角はまだ無傷に近い状態だ。それを見ると安心し、双翼神は偽皇帝に向き直った。
「お前、マトモな技もあるんだな…」
「まともなもんか! 黒魔神闇皇帝様には似ても似つかない!!」
「…お前の判断基準はあくまでそこなのか…」
 双翼神から自然と溜め息が漏れた。こんなよく分からないヤツを相手にする自分って…… 何だかむなしくなってくる。しかし、今しがた散斬角が焼き殺されそうになったことを忘れてはならない。双翼神は刀をかまえた。
「もうどうにでもなれ! 獄炎熱風!!」
 偽皇帝は再び炎を吐いた。セリフからするともはやヤケらしいが、そんなことは関係ない。双翼神はそれをかわすために宙へと飛び立ち、刀に精神を集中させた。頭に描くのは赤、灼熱の炎の色。周囲に炎を撒き散らす偽皇帝に向かって、双翼神は急降下した、と、同時に刀で斬りつける。
「朱雀炎舞【すざくえんぶ】!!」
 刀身が偽皇帝の身体から離れると同時に、ボッと炎が起こった。
「ギャ―――ッ!! あちゃちゃちゃちゃっ!!!」
 偽皇帝は、炎に包まれたまま走り出した。しかし、なぜか途中そのままの姿で立ち止まり、双翼神を振り返った。
「わ、我が身が滅びようと闇は永遠なり!! ぐぎゃ―――――っ!!」
 そう言い残し、火を消すためにゴロゴロと転がりながら、殺駆魔神偽皇帝は去っていった。
「…最後のセリフまで……お前ある意味立派だよ…」
 双翼神はそうつぶやいたあと、変幻を解いて散斬角にかけよった。
「散斬角、ケガはなかったか?」
「あ、あぁ……」
 散斬角は上の空のようにも見えたが、双翼に答えた。
「そうか、よかった。」
「でも、アレ……」
 そう言った散斬角が指差したのは、黒翼神と白翼神。二人は偽皇帝が去ったことにも気づかず、言い合いと斬り合いを続けていた。散斬角が上の空なのは、それが気になってのことらしい。
「あぁ、あいつらか。そういえば変幻をお前に見せるのは初めてだったな。私はともかく、二人は変幻すると人が変わってね……ちょっと待っててくれ、今戻すから。」
 双翼はそう言いながら抜刀し、すっと刀の切っ先を天に向けた。
「黒法【こくほう】!」
 そう言ったのとほぼ同時に、黒翼神・白翼神の足元から水の柱が噴き出した。
「ギャ――!」
「わ―――!」
 突如冷水に襲われ、空中戦を繰り広げていた二人は地面に落下した。
「あ、兄貴! 何すんの!?」
「ひどーい、びしょぬれ――!」
「あ…戻った……」
 文句を言う二人は、普段通りの黒翼・白翼に戻っていた。散斬角はそれを見、少し安心したようである。


 その日の夜―― 無事不論帝悪村に到着した一行は、宿を取って休んでいた。黒翼と白翼は昼間の戦いのせいか疲れていて、夕食後はすぐその場で眠ってしまった。そのため双翼と散斬角は、二人を布団の上まで運んでやらねばならなかった。


 夜が更けて、宿から一人の男が表に出た。月光に照らされて浮かび上がるのは赤い鎧。そこにいるのは散斬角だった。彼は昼間の出来事を思い出し、そして深くため息をついた。
「黒翼神…白翼神……そして、双翼神…」
「眠れないのか?」
 急に背後から声がし、散斬角はハッと振り返った。しかし何と言うこともない、そこにいたのは双翼だった。
「珍しいな、普段は白翼より早く寝ることだってある君が。」
「……いや…ちょっと、な……」
 散斬角はそう言って目をそらした。彼らしくもない。思えば夕食でも普段より会話が少なかった、いや、もっと前――偽皇帝を倒した直後からだ。散斬角の様子から、双翼には思い当たる節がなくもない。しかし、これは自分以外――
「双翼、私はおかしいな。」
 急に散斬角が言った。双翼に背を向けているので、どのような顔でいるのかはわからない。
「何がだ? 別におかしくも何とも…」
「いや……普通、ありえないだろう。一族に伝わる遠い昔の存在が、今、すぐ近くにいる。そう考えるなんて……おかしいに決まってる。」
 返事に詰まった。黙っていると、散斬角は振り向いて双翼と目をしっかり合わせた。
「双翼、妙なことを言うかもしれないが、笑わないで答えて欲しい。『翼神頑駄無』というものを知っているか?」
 双翼はますます沈黙した。まさか、その言葉が他人の口から出るなんて―― 沈黙したというより、声が出ない。翼神頑駄無のことなんて。双翼と、黒翼と、白翼の前世の彼らのことなんて。自分以外、少なくとも地上では知っているはずがないのに。そう思っていたのに――
 長い沈黙だ。しかしその間、双翼は散斬角から目をそらすことができなかったし、散斬角もまた双翼から目をはなそうとしなかった。
「……知っている。」
 答えるしかない。しかし、こう言うのが精一杯だった。返事を聞くと、散斬角は黙って目を落とし、そしてまた、双翼に目を合わせた。
「それだけ聞ければいい、あとは別に追及しない。…ただ、よければ話を聞いてくれるかな。」
 双翼は黙ってうなずいた。


 その話の内容は、双翼にはすぐ飲み込めた。散斬角の一族に伝わる「遠い昔の存在」の話、それは双翼の記憶の片隅に、わずかだが、確かにあった。
 散斬角の一族ははるか昔、まだ大将軍すらいない時代、後に天宮と呼ばれる国の辺境の地で、静かに暮らしていたという。しかしあるとき、突然舞い降りた二人の武者により平和は壊された。彼らは互いを「翼神頑駄無」と呼び合い、地で逃げ惑う人々には目もくれず、空中と地上を自在に飛び、激しく戦っていた。その戦いには一族の集落全体が巻き込まれた。家屋も田畑も全滅、多数の死者が出、さらに地面さえもえぐられて。二人が引き分けてその場を去ったあとは、とても人が住める状況ではなかった。
 以来、一族――その中で生き残った少数の者たちは、何とか連れ出した家畜の馬たちに乗り、放浪の生活を始めたという。


「…すまない。」
 双翼はポツリと言った。
「なぜお前が謝る? はるか昔の話だ。」
「…だが、謝らなくてはいけない…。」
 散斬角の一族については、“天翼神が”覚えていた。思えばそれは、二人が戦いを始めてから、さほど経っていない時期だった。戦っている最中は周囲のことになど目もくれなかったが、ふと一つの集落を壊滅させたことに気づき、絶望して戦いをやめた日が、一日だけあったのだ。
 ――それが、散斬角の一族の集落――
 天翼神は、自身の誇りに関わることの前では、他の何ものも気に止めない。しかし、魔翼神との戦いの中、二回、ほんの二回だけ――他者を巻き込み、後悔した。その数少ない例の片方が、この事件だった。
「…すまんな双翼、変な話をしてしまって。だいぶ時間をとらせたな、月があんなに動いてる。もう寝よう。」
 散斬角はいつもと“よく似た”笑顔で言うと、双翼のそばを通って宿に戻っていった。
「待ってくれ。」
 呼び止めなければいけない。そう思った。散斬角は宿の戸を開ける直前で立ち止まった。
「私も、聞いて欲しい話がある。君と変わらぬ……“変な話”だ。」
 散斬角は振り返った。双翼はその場で、全てを話した。自分のこと、翼神頑駄無のこと、“死”の後のこと、そして、黒翼神のこと、白翼神のこと。
 長い時間だ。散斬角よりも、ずっと。しかし、散斬角は全てを黙って聞いていた。


 翌朝、宿を出ると、散斬角は急に話を切り出した。
「今日で別れることにするから。」
「え―――――――!?!?」
 突然のことで、黒翼と白翼は大声をあげた。
「何で何で!?」
「あっ、黒翼のせいでしょ。いっつも稽古つけろってうるさいから。」
「イヤ白翼じゃねェの!? お前ツッコミ厳しいし!」
「おいおい……」
 責任の押し付け合い(?)をする二人を見、双翼は苦笑いした。
「別に三人といることに不満はないって。ただ、最近この辺りを私の一族の者達が通った、という話を耳にはさんだのでね。会いに行くことにしたんだ。」
「えー、じゃあ俺たちも一緒に行くよ!」
「僕も会ってみたいー!」
「つっても、通ったの一月前だけどな。」
 黒翼と白翼が固まった。馬に乗って移動している散斬角の一族が、はたして一月の間にどれだけ移動しただろうか。
「…というわけで、双翼、すまないがここでお別れだ。」
「追いつく気満々だな…。」
 双翼はあきれ顔だ。しかし、止めるつもりはない。
「気をつけて。合流できるといいな。」
「あぁ。今まで世話になった。じゃあな黒翼、これからは双翼に稽古をねだれ。」
「おう!」
「オイ。」
 元々散斬角がいないうちはそうだったわけだが、その場のノリで双翼がツッ込んだ。
「白翼、私の分のツッコミは黒翼にでもするように。」
「りょーかいー。」
「コラァ!!」
 今度のツッコミは黒翼。しかしこっちは散斬角が来てから白翼のツッコミが増えていたので、大変だ。
「また会ったら、茶店でお茶でもしようじゃないか。天宮各地の美味い店を探しておくよ。」
「…やっぱり探してたのか。」
「あ、いや、その……」
 双翼からのまさかのツッコミに、散斬角はまごついた。四人の間に自然と笑みが漏れる。その笑顔のまま、双翼一行と散斬角は別れた。


 散斬角は一人歩きながら、双翼・黒翼・白翼のことを考えていた。そして、一族の伝承に悪名を残す、翼神頑駄無のことを。

   翼神頑駄無は私にとって忌むべき存在。
   しかし“彼ら”は、道中に出会った良き友。

   私は運命と賭けをしよう。
   二度と出会わないなら、きっと彼らは避けるべき者。
   しかし友として再会できたなら、避ける必要などないのだろう。

   人生一期一会、だが願わくば、良き再会を――


【次回予告】第十三話【次回予告】
双翼・黒翼・白翼は近くの港町から破悪民我夢【バーミンガム】の街を目指す。
初めての船旅にうかれる黒翼・白翼だが、船上で見たものは?
次回、
第十三話 「海と薙刀、そして烏賊」

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