第十一話
爆火炉忍亜山の攻防!?【後編】



 次の日の朝、日が昇り始めると同時に三人は薬草探索のため山の中腹を目指した。
「とりあえず中腹あたりまで行ったら、三人分かれて薬草を探そう。薬草の形はもう覚えたかい?」
「うん…。(花劫拉そっくりって覚えりゃ一発だし…)」
 活飛に問われ、二人は答えた。
「じゃ、大丈夫だね。とりあえず太陽が南中した頃に、薬草が見つかっても見つかってなくても、ここに集合しよう。」
「りょうかーい。」
「うん、じゃ、解散!」
 活飛の合図で、三人は辺りに散っていった。しかし、黒翼と白翼の頭の中では、「薬草が花劫拉そのものだったらどうしよう」という不安が渦巻いていた。


「薬草がもし本当に花劫拉だったら……見つけた直後に食われるかも知れねェよなー…。」
 近くに生えた草をかき分けながら、黒翼はそう独り言をつぶやいていた。
「この前は兄貴が花劫拉掘り出して、散斬角が燃やしたんだよな…。…今回は掘り出すどころか火もないし……あ、いや、そもそも薬にするから燃やすわけにはいかないし…どうすんだろ。」


 同じ頃白翼も、薬草を探しながら花劫拉について考えていた。
「花劫拉って確か昼間はじっとしてんだよね。あんなでっかいヤツが山ン中で待機してンのかな? …あ、でもこの前のヤツは特にデカかったんだっけ。じゃあ薬草として使うのは小さいヤツだったりするのかな。…いや待って? あの風邪流行って薬大量に必要なのに、いちいち植物妖怪倒すの? うーん…。」
 始めのうちはこのようにブツブツ言っていた白翼だったが、段々考えがまとまらなくなり、いつの間にか無言で薬草を探すようになった。


 太陽がほぼ南中し、活飛・黒翼・白翼は再び薬草探索開始地点に戻ってきた。
「黒翼、白翼、どうだった?」
「全然ダメっス。白翼、お前は?」
「僕もダメ。」
「二人共か…実は俺もなんだ。」
 三人は結果を確認しあうと、深く溜息をついた。
「もっと簡単に見つかるかと思ったけど……甘かったなー。」
 活飛がそう言うと、黒翼・白翼もうなずいた。
「あーあ、いっそむこうから来てくれりゃーいいのになー。」
「ははは、面白いこと言うな黒翼。でも薬草が勝手に動くワケないだろー。」
「…。そだね。」
 ――花劫拉が来たら嫌だな…――
 笑う活飛に白翼は答えたが、内心そんなことを考えていた。その時。
 がささっ
 三人の近くの草むらが、そう音を立てて動いた。
「ん? 何だ? 動物かな?」
 活飛はそう言いながら、草むらをかき分けて調べ始めた。どうやら何かいるらしく、音は左右に移動していた。
「…動いた…」
「…花劫拉だったらどーする…?」
「え…それは勘弁…」
 草むらを調べる活飛を見ながら、黒翼・白翼は小声で話した。やがて、草むらの中の何かは三人から少し離れたところで動きを止めた。
 がさぁっ ザッ!
 動きが止まったすぐあと、そこから大きな人影が飛び出し、三人の前に着地した。それは、鎧・兜を身につけた大柄のヒトであった。武器は持っていないがその腕は太く頑丈で、また、体格からして男性であろうことは想像できた。またその顔は仮面なのか、表情が判断しにくい。
「な…何? 誰?」
 いきなり草むらから飛び出してきた人物に驚き、活飛は聞いた。しかし男は三人を観察するかのように無言で見ていた。
「あ、お、俺は活飛兵士郎、新世武者軍団の一般兵! あ、あなたのお名前は?」
 活飛は男の様子に戸惑いながらも、また話し掛けた。すると男は黒翼・白翼を見るのをやめ、活飛にその視線を向けた。
「ムシャ? オマエツヨイカ?」
「…はい?」
「オマエ、ツヨイノカ?」
「え、あ、えーと…」
 急に男が話し掛けてきたので、活飛はますます困惑した。返事に困って黒翼・白翼のほうを向いたが、二人も同様に困惑していてどうすればいいのか分からない。そこへ、更に男は話を続けた。
「オレ、ツヨイヤツ、タオス! ムシャ、オマエ、ツヨイカ? 」
「え、えーと…うーんと…俺確かに武者で、新世武者軍団所属してるけど、一般兵だからあんま強くないよ? たぶん、お前のほうが強いから…」
「イッパンヘイ? オマエ、ツヨクナイ?」
「つ…強くない強くない! つかむしろ弱い!」
「ヨワイ?」
「そ、それに俺ここに戦いに来たわけじゃないんだ。薬草探しててさ…忙しいんだ。だから、ね…」
「タタカイニキタ…」
「いやいやいや違う!! 戦いに来てない!!」
「??????」
 男は首をかしげ、腕を組み、黙り込んだ。どうやら活飛が言っていることの意味がよく分かっていないらしい。
「な…何かこの国の言葉をよく知らない外国のヒトと話してるみたいだなぁ…」
「…全くだね。」
 活飛がつぶやくと、白翼が同意した。
「しかし、何なんだアイツ? さっきっから活飛の言った言葉、部品単位でしか聞いてないみたいじゃねーか。」
「確かに…明らかに喋ってるのは僕らと同じ言葉だけど…不思議と通じてない。」
「そういや昨日、お医者さんが謎の巨漢の噂があるとか言ってたよね…コイツのことかな…?」
 三人が話している間中、男はずっと何か考えているようだった。しかし、三人の会話が終わるのとほぼ同時に、何か分かったらしくポンと手を叩いた。その音を聞き、活飛・黒翼・白翼は男を見た。
「タオス! ゼーインタオス!!!」
「え―――――――!?!?!?」
 男は大声で言うと同時に、三人に向かって走り出した。またそれを見、三人も反射的に男に背を向け、大声で叫びながら走り出した。
「全然分かってねェ―――――――――――!!!」
「あいつ一体何を考えてたんださっきまで――――――!!!!」
「分かんな―――――――――――い!!!!!」


「あー……砂糖美味ェ〜。」
 手に砂糖菓子の入った袋を持ちながら、一人の男が爆火炉忍亜山の山道を歩いていた。彼の名は烈刀丸、無法党を追いつづける武者である。彼はこの爆火炉忍亜山に謎の巨漢が出るとの噂を耳にし、それが無法党の一員である武人・砕武かもしれないと思い、ここまでわざわざ出向いているのであった。
「はー……最近は無法党の噂もすっかり絶えちまって……何で俺がこんなはっきりしない情報で歩き回らにゃいかんのだ。『爆火炉忍亜山の謎の巨漢』……思わずここまで来ちまったが、よく考えたら砕武って『謎の巨漢』なんて呼ばれるガラでもねーよなァ。まぁ大柄だと思えば少しばかり大柄な気はするが、普通だと思えば普通だしなぁ…。」
 烈刀丸はそうぐちぐち言いながら、袋の中から砂糖菓子をつまんだ。
「ギャ――――――!!」
「ん?」
 烈刀丸は急に誰かの悲鳴を聞き、立ち止まった。
「何だ…?」
「活飛早すぎ――ッ!!」
「でももう後ろ追いついてきてるよおおぉぉ!!」
「ゼーインタオ――――――――ス!!!」
 首を傾げる烈刀丸の耳に、更に別の人物の声が飛び込んできた。しかも、どんどんこちらに近づいているようである。烈刀丸は一体どこからくるのかと辺りを見回したが、その直後――
 がさあっ どかぁっ
「わ――――――――!!」
「うわあぁぁっ!?」
 急に道の横から三人の人影が飛び出し、烈刀丸に衝突した。あまりに突然のことで烈刀丸にはそれをかわす暇もなく、そのまま三人の下敷きとなった。
「な、な、何ッ!? 何かにぶつかったよ!?」
「あいてててっ……黒翼、白翼、大丈夫か?」
「うん、何とか…」
「大丈夫じゃねェっ…」
「え?」
「さっさとどけテメェらアァァ!!」
 何だか以前も体験したことがあるような事態に陥り、烈刀丸は怒りの声と共に三人をはね飛ばした。
「痛いッ!」
「な、何!?」
「痛いのも『何』って言いたいのも俺のほうだこの野郎オオオォォォ!!」
 烈刀丸は上に乗っていた三人に向かってそう怒鳴った、と同時に、その者たちの姿を見、驚愕した。
「あああぁぁっ!! お、お前らはっ…確か俺と邪法丸の戦いを邪魔した、えーと…そうだ、黒翼と白翼!! それに、新世武者軍団の活飛兵士郎ッ!」
「えぇっ、れ、烈刀丸ゥ!?」
 烈刀丸が指で差しながら叫んだ直後、黒翼・白翼、それに活飛もまた驚愕して叫んだ。
「……って、烈刀丸って活飛のこと知ってンの?」
「そりゃもちろんだ! 俺がこの前破悪民我夢の街で食い逃げしたとき俺を追……あっ、いやいやいや何でもねェ!! 知らねェ!!」
 白翼に聞かれて答えようとした烈刀丸だったが、途中大慌てでそれを否定した。
「…。じゃ、活飛は?」
「いや知ってるも何も、烈刀丸っていったら食い逃げ常習犯として新世武者軍団全員に通達され」
「あ゛ーあ゛ー、ゲフンゲフン。」
「く…食い逃げ常習…?」
 黒翼・白翼が烈刀丸を見ると、彼はサッと視線をそらした。
「…前に会ったとき『邪法丸とその一味を追う男だ』とかカッコよく名乗ってたくせに、いまや食い逃げ犯……邪法丸より圧倒的にチンケな悪党に成り下がったねェ。」
「じゃっ…邪法丸よりチンケだとッ!?」
 白翼が呆れ顔で言うと、烈刀丸はすぐに反応して向き直った。
「だって、邪法丸は何か良くも悪くも目標持ってやってるワケで、それに比べて…ねェ?」
「グッ…このガキッ! お、俺だって、邪法丸を倒したら今まで食い逃げした分の金はちゃんと、いや三割増にして払うつもりでっ…」
「収入のアテもない常習犯が三割増で返せるような、何か見込みがあるの?」
「え、あ、そ、それは……」
「…ないんだ。」
「このっ、い、言わせておけばっ…!!」
 白翼に言いたい放題言われ、烈刀丸は怒りでワナワナと体を震わせた。しかし何を言っても言い返されてしまい、その怒りは彼の内側で渦巻くばかりである。
「オオオォォォォォォッ!!!!!」
「うわああぁぁぁっ!?!?」
 烈刀丸と白翼の言い合いが途絶えたちょうどその時、活飛たち三人が飛び出してきた辺りから、大柄の人物が雄叫びをあげながら飛び出してきた。それは先ほど活飛・黒翼・白翼を追いかけていた、あの謎の巨漢である。
「なっ、なっ、何だぁッ!?!?」
「ツヨイヤツウゥゥゥ、ムシャアアァァァ、タオスウウゥゥゥ……」
 謎の巨漢は四人の前に立つと、ギロリとそちらをにらみつけた。
「あれっ? 剛妖丸【ゴウヨウマル】、お前何でここに?」
「え?」
 烈刀丸が謎の巨漢を見ながら言った言葉を、活飛ら三人は思わず聞き返した。
「れ、烈刀丸…お前コイツ知ってンの?」
「まぁな。コイツは剛妖丸ッつって、『紅爆亜闘術【コウバクアトウジュツ】』って流派の武闘家っつーか、何つーか……あっ、『爆火炉忍亜山の謎の巨漢』って……テメーのことかよ! 何だ、来て損したぁ!!」
 三人に説明している途中、烈刀丸はふと気がついて叫んだ。
「ツヨイヤツハイネガアアァァァ…」
「…あのー、烈刀丸? 何かアイツ、お前のこと知ってるって雰囲気じゃないケド…?」
 一人でブツブツと色々つぶやきだした烈刀丸に、活飛が言った。
「は? …あぁ、まぁ見てのとおり知性のかけらも感じられねェ奴だし、強いか弱いか程度のことしか多分認識してないと…」
「オオオォォッ!!!」
 烈刀丸が解説していると、痺れを切らしたかのように剛妖丸が四人の間に飛び込んできた。
「うわあ!」
 ゴッ
 四人はとっさに剛妖丸をよけたが、飛び込んできた剛妖丸は左手で地面を思いっきり殴りつけていた。殴られた地面は拳型にベコリとへこんでいる。もし四人のうち誰かが避け損ねていたら、今の一撃で確実に鎧は砕かれていただろう。
「うっ…うわああぁぁっ…」
 剛妖丸の力を目の当たりにし、黒翼が情けない声をあげた。また声こそあげていないが、活飛・白翼の驚きもかなりのものである。
「ハッ、何だお前ら、ビビってンのか? これだから一般兵やガキは…」
「!」
 三人の様子を見、烈刀丸はそう言って鼻で笑った。その時、その言葉に白翼がかすかに反応した。そして何か思いついたらしく、口元に笑みを浮かべた。
「そーだね。さすが、“立派な武者”の烈刀丸は違うねっ。」
「は? あたりまえだ! お前らみたいな奴と一緒にされちゃ困るな。」
「リッパナムシャ?」
 白翼の言った言葉に、烈刀丸だけでなく剛妖丸まで反応した。そして剛妖丸の視線の先は、四人全員から烈刀丸一人のほうへとしぼられた。どうやら白翼の狙いはこれらしい。
「ん? …ハッ!!ち、違うぞ剛妖丸! 俺は別にっ…」
「…ツヨソウ…」
「いやいやいやっ! 気のせいだ気のせい! ほ、ほら! 砂糖菓子分けてやるから、あっち行け!」
 嫌な予感がしたらしい烈刀丸は、そう言いながら、手にしていた袋の中から砂糖菓子を数個取り出し、剛妖丸に投げてよこした。
「サトウ…」
 剛妖丸は烈刀丸から砂糖菓子を受け取ると、少し考えてからぼりぼりとそれを食べ始めた。
「れ、烈刀丸、何餌付けしてンだよ?」
「べ、別に餌付けってワケじゃ……あいつ、戦うこと以外に食べることも好きだから…ホラ、食ってる食ってる! とにかく、今のうちに逃げるぞ!!」
 黒翼のツッコミをひとまず流し、烈刀丸は三人に言った。確かに剛妖丸は砂糖菓子を食べるのに夢中になり、四人から目を離している。四人はうなずきあい、こっそりと剛妖丸から離れ始めた。
 だが、剛妖丸が菓子を食べる速度は、彼らの予想以上のものであった。早くも菓子をたいらげた剛妖丸がふと顔をあげると、先ほどの四人が自分から遠ざかっているのが目に入った。それを見、剛妖丸は本能にも似た感覚に駆り立てられて四人にむかっていった。
「サトオォォォォォォォォ!!!!!!」
「おわああぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
 ズドン!
 急に飛びかかってきた剛妖丸に、四人は振り返りながら仰天した。剛妖丸は先ほどのように四人の間に飛び込み、今度は頭突きに近い状態で地面にぶつかった。 
「は、早ッ!? 菓子食べるの早ッ!! 砂糖菓子けっこう高いんだから味わえよテメェ!」
 烈刀丸はそう言って震えながら剛妖丸を見た。
「れ、烈刀丸! 多分アレ味わう気とかねェよ!」
「でもっ、俺が折角せこせこと用心棒とかして稼いだ金で買ったのにッ!!」
「あっ、それ意外!!」
「ちょっ、それどころじゃないよ追いつかれてるんだよ逃げ切れてないンだよ俺たち!!」
 慌てている割に呑気な内容の会話をする黒翼・烈刀丸・白翼に、活飛がツッ込んだ。だがツッ込んだ活飛もかなり慌てている。
「くっ、こうなったら俺たち全員で戦うしかっ…!」
 烈刀丸はそう言うと懐に砂糖菓子をしまいこみ、刀をかまえた。どうやら残りの砂糖菓子を剛妖丸に与える気はないらしい。
「烈刀丸、僕らよりもずっと強いんでしょ! 一人でイケないの!?」
「こいつあいてじゃ無理! ホラ、お前らもかまえろ!!」
 いつの間にか隠れるように後ろに回っていた活飛・黒翼・白翼を振り返りながら、烈刀丸が言った。しかし、烈刀丸が目をそらした直後、既に剛妖丸は動いていた。
「サト―――――――――――――!!!」
「しまっ……わ―――――――――!!!」
 ただ一人刀を抜いて戦闘態勢をとった、また四人中唯一食料の所持が確認された烈刀丸にむかって、剛妖丸は拳を振り上げて襲いかかった。一対一では勝てっこないと分かっていたためか、烈刀丸は剛妖丸に背を向け、一目散に逃げ出した。そして剛妖丸は、残った三人には目もくれず、烈刀丸を追って去っていった。
「……助かった……。」
「どーなるかと思ったね…。」
「れ、烈刀丸のおかげだなっ…。」
 剛妖丸の姿が見えなくなると、三人は安心感から脱力し、その場に座り込んだ。
「…ところで黒翼。」
「何?」
「この前烈刀丸、別れ際に『次に会ったら絶対にタダじゃ置かん』とか言ってたよねェ。」
「…あいつのおかげで危機を脱したんだから、言わないでおいてやろーぜ…。」


 心が完全に落ち着いてから、活飛・黒翼・白翼は薬草探しを再開した。しかし今度はバラバラにはならず、三人まとまって捜索をすることにした。万が一剛妖丸にまた出会ってしまった場合に、一緒に逃げるためである。
「あっ! 見てごらんよ二人共ッ!」
 捜索開始から一時間としないうちに、活飛がそう声をあげた。活飛が示したところを見ると、道から少しそれたところに、医者が描いた絵にそっくりな、白いつぼみを持った植物が群生していた。
「垂れ下がった大きなつぼみと、その付け根のすぐ近くに四枚の葉……間違いないよねっ!」
 活飛が嬉しそうに言うと、黒翼・白翼は安心して溜息をついた。二人の考えは今、唯一つである。
 ――花劫拉じゃなくってよかったー…――
 活飛は二人の顔を見、これで双翼の病気が治せるということに安心したのだと思った――二人の本音については、知るよしもない。
「さ、二人共、早くこれを採って帰ろう! 剛妖丸に遭ったりして思ったより時間かかっちゃったからね。」
「うん!」
 活飛に二人が返事をすると、早速彼らはこの薬草を摘んだ。
「ところで、どれくらい採ってけばいいかな?」
「うーん、全部採ったらあとで困るかも知れないし…」
「や、全部採ったらむしろ持って帰れないよ。」
 黒翼と活飛の会話に、白翼が口をはさんだ。
「あ、じゃあ黒翼と白翼の両手がいっぱいになるくらいとか。」
「え、活飛は?」
 活飛の提案に、二人は首をかしげた。
「俺? 俺は帰りに二人のこと“持って”走るよ。」
「持って走る?」
「うん。俺、足の早さには自信があるからさ。今から歩いて帰ったんじゃ日が暮れちゃうし、何よりも早く帰って薬が欲しい!」
「…いくら僕らが子供とはいえ、持って走るのは無理じゃない?」
「大丈夫大丈夫。」
 活飛の自信に少し不安を持ちながらも、結局二人は自分たちの両手が完全にふさがるくらいに花を摘み、抱えた。
「じゃ、行こうか。花を落とさないようにね。」
 活飛はそう言うと、黒翼と白翼を抱えた。
「せーのっ!」
 活飛はそう言った直後、走り出すと同時に急加速した。


 家の中に座りながら、散斬角は窓から外を見た。
「もうすぐ日暮れか……さすがに今日中に帰ってくるのは無理そうだな。」
「しかたありませんよ、あの薬草は見つかれば群生しているのでたくさん手に入るのですが、見つからないと一輪も手に入れらないような物ですので。」
 溜息をつく散斬角に、医者が言った。
「…ん?」
 ふと、散斬角は何かを感じて立ち上がった。
「どうしました?」
「いや…何か、軽い地響きみたいな音が聞こえるような…」
 散斬角はそう言いながら、戸を開けて外に出た。その直後、
「ただいま――――――ッ!!!」
 ズザザザザアアァァ――――ッ、ドゴォッ
「ぐは―――ッ!!!」
 何かが大声を上げながら診療所の中に飛び込んできて、散斬角を思いっきりはね飛ばした。
「な、ナニゴトッ!?」
「あ、お医者さん! 薬草を持って、ただいま戻りましたッ!」
 飛びこんで来たのはもちろん、活飛であった。その手には、大量の花を持った黒翼と白翼が抱えられていた。
「…あれっ? もしかして俺、また散斬角さんのことはねちゃいました…?」
 活飛は目の前で散斬角がのびていることに気付き、言った。
「か…活飛さん…それだけじゃなくって…」
「え?」
「その…両脇の二人も気絶してますよ?」
「あ!」
 黒翼と白翼は、花こそは放さずにいたが、活飛のあまりの速度に失神していたのであった。


 その後薬草からすぐに薬が作られ、活飛はその日のうちに破悪民我夢の街へと帰っていった。そして、五日後――


「もう大丈夫でしょう、何の心配もありません。」
 医者に言われ、黒翼と白翼は満面の笑みを浮かべた。
「やった―――!!」
「兄貴の完全復活だ――ッ!!」
「おいおい完全復活って…おおげさだな。」
 病の完治した双翼は、そう言って笑った。
「しかし、双翼の快復のほとんどは、黒翼と白翼のおかげだな。」
「あぁ、全くだ。」
 散斬角に言われ、双翼に認められると、二人は照れくさそうに笑った。
「いやー…それほどでも…」
「うん、お薬調合したのはお医者さんだからね、大したことしてないよ。」
「いいえ、もし君たちが薬草を採りに行ってくれていなかったら、手遅れになっていたかもしれませんからね。君たちのおかげですよ。」
「えへへっ。」
「そーいや、活飛のほうはどうなったのかな。紅零斗丸さん、元気になってるといいんだケド。」
 医者にまで誉められて喜んでいるところに、ふと白翼がそう言った。
「あっ、そうだな。活飛の足の速さはかなりのモンだから、出発した次の日にはもう薬渡されてるんじゃないかと思うんだけど…」
「…だったら直接聞いたらどうだい?」
 黒翼が考えながら首を傾けていると、双翼が言って家の戸を開けた。
「え? …まさか、活飛みたいに破悪民我夢の街まで走ろうって言うんじゃ…」
 そう言いつつも、医者を含めた四人は一応双翼に続いて家の外に出た。
「いや、さすがに走っていこうとは言わないさ。」
「えー? じゃあどういう意味〜?」
「…ハッ!!!」
 黒翼や白翼が首をかしげていると、散斬角が急に何かに反応した。何かと思って家の正面を見ると、砂埃を巻き上げながら何かが近づいてくるのが見えた。
 ドドドドドドドドズザザザザアアァァ――――ッ
「うおおおぉぉぉっ!!」
 砂埃を巻き上げていたそれは散斬角にむかって猛スピードで突進してきた。散斬角はそれに対して両腕を突き出し、全力で突進を受け止めた。
「わ、な、何!?」
「お久しぶりですッ!!!」
 黒翼と白翼がア然としていると、散斬角を巻き込みながらまだ立ち込めている砂埃の中から、聞き覚えのある声がした。
「その声、活飛!?」
「どーもっ!」
 やがて砂埃が晴れ、中から活飛と散斬角が姿を現した。活飛はけろっとしているが、散斬角は活飛の突進を受け止めたためか、息切れしている。これではどちらが走ってきたのかわからない。
「…あのさ、活飛…」
「はい?」
「…俺に恨みある?」
「あっ、いえ、スミマセン!」
 散斬角に言われ、活飛はハッとして謝った。
「…っと、それよりも、皆さんにお礼をしに来ましたッ!」
「…それよりも…」
「皆さんのおかげで、紅零斗丸様もすっかりよくなりました。本当にありがとうございます!!」
 散斬角がボソリと言ったことは置いといて、活飛はそう言って頭を下げた。
「いやぁ、活飛がいなきゃ薬草採れなかったよ、きっと。あんな早くも帰れなかっただろうし。」
「そうそう、こっちこそありがとうだよ。ね、あんちゃん。」
「全くだ。」
「いえいえ、滅相もない! あ、それで、これ、紅零斗丸様からです!」
 活飛はそう言うと、持ってきていたらしい荷物の中から何かを取り出した。
「これはお医者さんに、薬の代金!」
 活飛はそう言うと、荷物の中から出したお金を手渡した。
「で、これとこれはそれぞれ黒翼と白翼に、協力のお礼! あとこっちが双翼さんにお見舞いで、これが散斬角さんに――」
「え、俺も?」
「…ぶつかってスミマセン、お詫びデス。」
「あ…はい。」
 こうして五人にお金が手渡された。その金額は五人とも同じのようだが、「代金」「お礼」「お見舞い」「お詫び」、どれにしても金額は大きすぎる気さえする。
「あ、あの、活飛…こんなもらっちゃっていいのか?」
「はい! 紅零斗丸様が、俺に直接預けられました!」
「…ふーん。」
 自分たちの渡された金額の大きさについて改めて考えながら、一同は黙り込んだ。
「…じゃあこれ、私から薬の代金…」
 双翼はそう言って、活飛から渡されたお金を医者に向けた。
「いっ、いえ! 私はこっちのお金だけで薬代は十分ですよ! せっかく紅零斗丸様からのお見舞金ということですし、どうぞご自分で!」
「そうですか…」
 医者に代金の受け取りを断られ、双翼は手元のお金をじっと見た。
「あんちゃん。」
「ん?」
「これ、今までとこれからの旅の資金に。」
「え。」
「僕、一緒に旅させてもらってるのに、お金とか何にも出してないからさ。使って。」
「あ、あぁ…。」
「あっ、兄貴、俺も俺も!」
「はぁ…」
「双翼〜。」
「散斬角、お前もッ!?」
「だってホラ、いつまでも借金してるってのも…」
「い、いや、あの時貸したのってこんな大きな額じゃ…」
「でも一緒にいる間の旅の資金って全部お前が出してるだろ? あと多い分は…まぁ、利子ってことで。」
「……。」
 こうして、短時間のうちに双翼の所持金は四倍になった。
「…活飛、少し返すよ…」
「いえいえ、遠慮しないでください! では、俺はこれでッ! 機会があったらまたお会いしましょう!」
 活飛はそう言うと、あっという間に去っていった。そして双翼の手元には、扱いに困りそうなほど大量のお金。
「……あとで為替か何かに変えておくか……。」
「…ま、それが賢明だな。」
 呆然としている双翼を、散斬角が笑った。


【次回予告】第十二話【次回予告】
借金返済後も双翼一行と共に旅をする散斬角。
しかしその前に、ある意味今までで一番とんでもない妖怪が!?
次回、
第十二話 「マガイモノの脅威」

第十話へ 「天魔翼神編本編」へ戻る トップへ戻る 第十二話へ