第十話
爆火炉忍亜山の攻防!?【前編】



 町を、林を、山を――天宮を東から西へむかって一心不乱に走る青年がいた。
「早く……早くしないとっ…!」
 青年はそう言いながら、牛車を、歩く旅人を、更には町から町へと飛び回っている飛脚をも軽く追い越し、砂煙を巻き起こしながら突風のごとく道を走り抜けた。途中で髪を奇妙に固めた三人組に道をふさがれたが、青年はそれにかまわず、三人を蹴り飛ばして先を急いだ。
 青年がこんなにも急ぐのには、ある理由があった。昨晩、彼が最も尊敬し信頼している者が、病に倒れた。しかしその病を治すには、ある特殊な薬が必要なのだった。そのために彼は今朝方最も尊敬する者の側を離れ、薬を求めて西へ走っているのである。
「早くしないと…待っているんだ……紅零斗丸【グレードマル】様が、俺の帰りを…!!」
 青年は病の床で自分を待つその人の顔を思い浮かべると、拳を強く握り締め、更に速度をあげていった。


「…爆火炉忍亜山までもう少しか…」
「天気もいいし、まだ日は高いし…けっこう余裕あるねー。」
 道の先頭を歩いていた双翼がつぶやくと、後ろにいた白翼がそう言った。
「そうだな。こういう余裕な時は茶店にでも寄って、お茶とようかんでも食べていきたいな!」
「…散斬角…何だかんだでやっぱり食べ物の話多いな…」
「う…」
 散斬角の言ったことに対し、双翼は正面を向いたまま、すかさずツッ込んだ。意外なところからのツッコミに、散斬角は思わず口をつぐんだ。
「め…珍しいな双翼……お前が私のセリフにツッ込むとは……しかも初めてな割に白翼並に鋭かったぞ…」
「…そうか…?」
 散斬角が少し苦しそうにそう言ったのに対し、双翼は振り向かずに答えた。
「兄貴…もしかして、機嫌悪い?」
 先ほどまで話を聞いているだけだった黒翼が、何か思ったらしく、双翼に聞いた。
「…別に悪くないが…何でだ…?」
「いや、さっきから全然こっち向かずに話してるからさ…」
「そー言えば、いつもは皆で並んで歩いてるけど…珍しく今日は一人先頭?」
 黒翼に加え白翼にまで追及され、双翼は黙り込んだ。
「…やっぱりいつもと違うな…。つーか何より……今さっき気付いたんだが、双翼、お前何だか蛇行して歩いてないか?」
 散斬角がそう言うと、双翼はハッとして歩みを止めた。
「…き…気のせいだ…と思う…」
「じゃあ双翼、出発進行。」
「……」
 散斬角に言われるまま、双翼は仕方なく、といった様子で再び歩き始めた。その足取りは、散斬角が指摘したとおり常に左右にふらついている。
「怪我をした…って様子は今までなかったよな。一体どうした?」
 散斬角はそう言いながら双翼の前に回りこんだ。そして双翼の様子を見るなり、驚きの声をあげた。
「おっ…おい双翼ッ! お前何つー顔色してんだよ!」
「えっ?」
「何!?」
 散斬角の声を聞き、黒翼と白翼も大急ぎで双翼の前に回りこんだ。見ると双翼の顔色は真っ青で、ほおの周囲だけが熱を持って赤くなっていた。その上ひどく汗をかいていて、目には生気が感じられない。
「もしかして具合悪いんじゃ…」
「風邪!?」
「い…いや…大丈夫…」
 心配する三人――特に黒翼と白翼に対して双翼はうっすらと笑顔を見せたが、そのあとほんの数歩歩いたところで、バタリと倒れた。
「わ―――! 双翼――――――ッ!!!」
「兄貴――ッ! しっかりして――!!」
「ひ…ひどい熱だよッ!!」
 倒れたまま気を失ってしまった双翼を囲み、三人は慌てた。
「あああわわわわどどどどうしようさじゃんかくはくよきゅっ!」
「黒翼落ち着いて、舌まわってない!」
「とにかく、早いうちに医者に診てもらったほうがよさそうだな。行くぞ二人共!」
 散斬角はそう言うと、すぐに双翼を背に担いだ。
「あ、ちょっと散斬角! 医者にみせるはいいけど、どこ行く気!?」
「爆火炉忍亜山からは遠ざかることになるが、確かこの近くに町だか村だかがあるはずなんだ。医者がいるって保障はないが、最低でも双翼を休ませることはできるだろう。」
「なるほど!」
「じゃ、急ご!」
 三人はうなずき合うと、散斬角を先頭にして走り出した。


 疾風のごとく天宮を走り抜けてきた青年は、爆火炉忍亜山からほんの少し離れたところにある、小さな町へと辿り着いた。
「…多分この町だ……薬が残ってるといいんだけど…」
 そうつぶやくと青年は、町の入り口からその中を見回した。
「…どこに医者がいるのかは分からないからなー……そういや病名もよく分からないっけ……とにかく、聞き込みあるのみッ!」
 青年は大きく深呼吸をして息を整えると、町の人に片っ端から話し掛けて医者を探し始めた。


「…それで先生、双翼の具合は…?」
 爆火炉忍亜山付近の町で診療所を見つけ出した散斬角らは、早速医者に双翼を診てもらうことにした。散斬角が尋ねると、医者は軽くうなずいてから話し始めた。
「最近流行っている風邪みたいなものですね。安静にしていればほとんどの場合“悪化は”しませんが……」
「…しませんが?」
 医者が一旦言葉を止めた為、散斬角・黒翼・白翼は思わず息を飲んだ。そして医者は再び口を開いた、が――
 ズザザザザアアァァ――――ッ、ズドォン!!
 急に外から何かを高速で引きずったような音がし、更に、どこかの壁にでもぶつかったのか、大きな激突音と共に診療所が震動した。
「な…何だ!?」
 散斬角はすぐさま立ち上がり、診療所の入り口へむかった。そして外を見ようとしたそのとき、
「薬をくださ―――――――――いっ!!!!!」
 ドゴォッ
「ぐは―――ッ!!!」
 何かが大声を上げながら診療所の中に飛び込んできて、散斬角を思いっきりはね飛ばした。
「さっ、散斬角ッ!?」
「あれっ?」
 入り口から部屋の真ん中まではね飛ばされて動かなくなった散斬角を、黒翼と白翼が囲んだ。そして散斬角がほんの数秒前にいたところには、赤と白の鎧と赤く長い鉢巻を身につけた一人の若武者が立っていた。その者は散斬角にぶつかったことに気がついていなかったらしく、首をかしげた。
「あ、それ、もしかして俺のせいっスか…?」
「『俺のせい』って…アレだけ派手にぶつかっといて気付いてないのか――!?」
「散斬角気ィ失っちゃってるンだけど…」
「う、その…スイマセン!」
 長鉢巻の若武者は、そう言ってぺこりと頭を下げた。
「…って、そんなことより、大変なんですッ!!」
「散斬角が“そんなこと”…」
 白翼は白い目で若武者を見たが、当の本人はそんなこと気にも止めず、医者に向かって話し始めた。
「俺、新世武者軍団【しんせいむしゃぐんだん】の一般兵やってる活飛【かっとび】って言って…あ、それは通称で本名は“活飛兵士郎【かとびへいしろう】”です! 実は昨日紅零斗丸様が病に倒れてしまったんですけど……破悪民我夢【バーミンガム】の街周辺の医者を片っ端っから当たってたんですけど薬がなくって!! そしたらこの辺の医者なら薬持ってるかもしれないって言われたんで走ってきました!! もし在庫があったらどうか薬をください!!」
「あ…あの…とりあえず落ち着いて……ってそれよりまず、病人いるのでもう少し静かにしてくれますか…?」
 ヤヤ興奮気味に話し続ける若武者・活飛に気圧されながら、医者が口を開いた。
「薬をくれと言われても、病によって必要な薬は色々ありますから……病名か症状を具体的に教えてもらえますか?」
「フラフラで高熱で真っ青で汗だくで目がうつろでやがてばったりです!!」
「…そういうのは具体的じゃなくて抽象的と言うんだよ君…。それに、今の説明じゃどんな症状なのかさっぱり…」
「ねェ…それってもしかして…あんちゃんと同じじゃない?」
 医者と活飛の会話に、思いついたような顔で白翼が割って入った。
「“あんちゃん”?」
「うん。今そこに寝てる…長髪のヒト。」
 白翼はそう言って、布団で寝ている双翼を指差した。そして双翼を見た活飛は、ハッとして医者の方へ向き直った。
「そうです! ちょうど今このヒトみたいな状態で寝てるんです!!」
 活飛がそう言うと、医者は「なるほど」とうなずいた。
「でしたら、この患者さんのことも一緒に説明しましょう。恐らく、二人がかかっているのは最近流行っている風邪のような病気です。て言うか要は症状重めの風邪です。安静にしていれば一応は大丈夫ですが、体温が異常に上がったり、十日以上症状の改善が見られないようならば、命の危険も考えられます。」
「命ッ!?!?」
 医者の口から出た言葉に、黒翼・白翼・活飛の三人は驚いて目が点になった。
「ですが幸い薬は存在するので、薬を飲んで三日も安静にしていればすぐに治りますよ。」
「じゃあ薬をくださいッ!!」
 医者の話を聞き、三人はすぐさま大声で言った。しかし、医者の表情はやや暗い。
「いや、確かに薬は“存在”するんですが……最近流行りなのでな、今薬を切らしてしまって…。」
「えぇっ!?」
「そんな!」
「ど、どうしよう!?」
 医者の返答を聞き、三人はうろたえた。
「あ、でも、材料さえあれば薬は作れるんですよ。ちょうどこの町の近くにある爆火炉忍亜山…そこに材料となる薬草が生えているので…」
「採ってくればいいんですね!?」
 活飛は医者の言葉をさえぎってそう言うと、立ち上がった。
「黒翼君! 白翼君!」
「あ、俺呼び捨てでいいですよ兵士郎さん。」
「僕も。活飛【かとび】さんのほうが年上っぽいし。」
「そう? じゃ二人も俺のこと『活飛【かっとび】』でいいよ。…まぁそれは置いといて二人ともっ、今から俺と一緒に薬草を採りに行こう!!」
「賛成ッ! すぐ行きましょう!!」
「お医者さん、材料の薬草の形、教えて。」
 即決断を下した三人は、医者のほうを見た。
「え、行ってくれるのはありがたいしいいことなんですが……ホントに今から?」
「うん。」
 その問いには白翼が即答した。
「のんびりしててあんちゃんが死んじゃったら大変だし。」
「それに活飛が助けようとしてる紅零斗丸様って言ったら、魔刃頑駄無を倒した英雄の一人である上、今や天宮の中心人物! 早く元気になってもらわなきゃな!」
「とりあえず今日日が暮れないうちに爆火炉忍亜山まで行って、山で野宿し、明日のうちに薬草を探して帰ってきたいと思います。」
 三人の返答を聞き、医者は少し腕を組んで考えた。そしてそのあと、近くの机から紙と筆をとり、そこに絵を描きはじめた。
「そこまで言うのならばお願いしましょう。薬草は大体山の中腹あたりによく生えています……ですが最近爆火炉忍亜山には謎の巨漢が出没するという妙な噂がありますので、どうかお気をつけを。…さぁ、描きあがりましたよ。コレが薬草の大体の形です。」
 医者はそう言うと、活飛にその紙を手渡した。
「わかりました、十分気をつけます。薬草が見つかり次第、すぐに戻りますので。…じゃあ黒翼・白翼、行こう!」
「よっしゃ!」
「お医者さん、あんちゃんたちのことよろしくね。」
「はい、行ってらっしゃい。」
 医者に軽くお辞儀をすると、三人は元気よく外へ飛び出していった。


「……う〜ん……」
 散斬角は後頭部をさすりながら起き上がった。しかしあたりを見回すと双翼が寝ているだけで、黒翼と白翼、それに医者の姿が見えない。
「…あれ??」
 不思議に思いながらきょろきょろと首を回していると、散斬角は戸を開けて医者が中へ入って来るのに気が付いた。
「おや、気が付きましたか。」
「え、あ、あぁ……。…黒翼と白翼は?」
「さっき爆火炉忍亜山へ出かけましたよ。」
「え!?」
 医者の返答に、散斬角は素直に驚いた。
「嘘!? 子供二人だけで!?」
「あ、いえ、新世武者軍団の一般兵…活飛兵士郎さんも一緒ですよ。」
「活飛…?」
「えーと、ホラ、さっきあなたにぶつかって気絶させた赤いヒト。」
「え、ぶ、ぶつか…?? ……あぁ、あれヒト!?」
「はい。」
「そ、そう…ふーん…。…まぁとにかく新世武者軍団なら安心かぁ…。」
「でしょうね。」
「……あの大砲の弾みたいなのが、ヒト…一般兵……」
「とりあえず我々は、双翼さんの様子を見守ることにしましょう。」
「……はい。」
 散斬角は何となく腑に落ちないような気もしながら、双翼の傍に座った。


 その日の夕方、何とか爆火炉忍亜山に到着した活飛・黒翼・白翼は、野宿の場所を確保し、たき火を起こし、活飛が破悪民我夢の街を出るときに持ってきていたもので軽い夕食をとっていた。
「爆火炉忍亜山に近い町とはいえ、日が暮れる前にきちんと到着できるとは思わなかったなぁ。」
 誰よりも先に食事を終えた黒翼が、たき火を眺めながらそうつぶやいた。
「僕も。そのほうが好都合なワケだけど。」
「でも、できればもう少し中腹に近づきたかったね。」
 二人の会話に、落ち着かない様子の活飛が口をはさんだ。
「つーかできれば夜中のうちにでも薬草見つけて帰りたいくらいだけど。…あぁ、紅零斗丸様大丈夫かなぁ。」
「活飛、さすがに夜中に薬草見つけるのは無理だと思うよ。第一、夜は妖怪出たりして危ない。」
「う〜ん、まぁ確かにそうなんだけど。」
「いいじゃん、確実に野宿できる場所も確保したんだし! 代わりに、明日夜明けと同時に探索開始しようぜ!」
「…うん、そうだな!」
 二人の言葉に納得したらしく、活飛はようやく落ち着いて座った。
「あ、そうだ。明日すぐに薬草探すなら、形とか覚えとかないと。」
「お、そうだね。じゃ二人にも、さっきもらった紙見せようか。」
 活飛は白翼に言われ、懐にしまっておいた紙を取り出した。
「こんな形だって。」
「へー。」
「どれどれ?」
 黒翼と白翼は同時にその紙をのぞき込み、そして同時に驚愕した。そこにかかれているのは、大きなつぼみをたれ下げて、そのつぼみの付け根のすぐ近くに四枚だけ葉をつけた、奇妙な形の植物であった。
「こ、黒翼ッ、これってっ……」
 白翼が黒翼に小声で話し掛けた。
「…うん、この前見たヤツにそっくりだよな…」
 黒翼もまた、活飛には聞こえないような小声で返事をした。
 ――植物妖怪・花劫拉そっくり!!!――
「変わった形してるよねー。大きさとか花の色とかの情報ないのが厳しいけど、コレなら案外すぐ見つかるかもよ。」
「…うん…。」
「…そだね…。」
「ん? 二人共急に元気なくなったね。疲れた? まぁそろそろ日が完全に沈んじゃうし…早めに寝よっか?」
 この植物の絵のせいで気が重くなってるのだとは気付かず、活飛は言った。
「…うん…。」
「じゃ、おやすみ。」
 活飛は二人の返事を聞くと、その場にごろりと横になった。黒翼と白翼はしばらく花劫拉似の植物の絵をじっと見つめていたが、やがて横になり、寝息を立て始めた。


 深夜、活飛・黒翼・白翼の三人がすっかり眠りについた頃。月以外に何の明かりもない爆火炉忍亜山の闇の中を、大きな人影が動いていた。それはほとんど何も見えない状況でありながら、かすかな光と己の勘だけを頼りに山の中を歩き回っていた。しばらくの間それは目的も何もないかのようにうろついていたが、何かの匂いを嗅ぎ取り、立ち止まった。
「……コゲテル……?」
 それはそうつぶやくと、匂いのするほうへと歩いて行った。そして辿り着いた先には、かすかにくすぶっているたき火と、そのまわりで野宿をとる三人のヒトがいた。
「アブナイ。」
 それはそう言いながら顔から仮面らしきものを外し、たき火を思い切りあおいだ。だが余計に火が強くなったため今度は踏み付け、それでもまだ火がついているような気がして更に足踏みした。そして火が完全に消えたのを確認すると、のっしのっしと歩いていった。
「……誰かいるの?」
 人影が去って少ししてから、まわりで野宿をしていたうちの一人が目を覚ました。しかしほとんど寝ぼけているに近いらしく、ぼんやりとたき火のあったほうをみた。
「…あれ? そーいや俺たき火消したっけぇ? ……あれでも火ィないし……あぁ、黒翼とかが消してくれたのかな〜……」
 起きた人物はそう言い終わると、何事もなかったかのようにまたごろりと横になり、再び寝息を立て始めた。


【次回予告】第十一話【次回予告】
次の日、いよいよ薬草探索を開始!
ところで、深夜に現れた謎の人影は一体?
次回、
第十一話
 「爆火炉忍亜山の攻防!?【後編】」

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