第八話
夕闇の斬り裂き魔



 散斬角を仲間に加えた双翼一行は、愛音威亜守村【アイネイアースむら】を目指して歩いていた。
「…で、その新しい煎餅屋の醤油煎餅が美味くてなー、オススメだぞ。」
「へー、そうなんだ。一度食ってみてェなー。なァ白翼?」
「そだね。でも散斬角の話って、何か食べ物ネタ多いね。」
 黒翼が散斬角から旅の話を聞いているところへ、白翼が鋭くツッ込んだ。
「え、そ、そうか?」
「そうだよ。」
「…ま、まァ俺の場合旅と生活がほぼ一緒だから…」
「つまり食生活も旅の一環、と。」
「…いや、その…」
 遠慮なくツッコミを続ける白翼に対し、散斬角は早くも言葉に詰まった。
「白翼、黒翼だけではなく散斬角にも容赦ないな…」
「あんちゃん相手にこんな態度とったら失礼だから。」
 あきれる双翼に対し、白翼はサラリとそう言った。
「…私は?」
 少し肩を落とした状態で、散斬角が聞いた。
「ん? 散斬角なら笑って許してくれそうだし。」
「…今笑ってねーけど…?」
 黒翼がそう指摘すると、白翼は一旦黒翼を見、次に散斬角を見、そして黙り込んだ。
「そ…そんなに暗くなるなって…」
 双翼は苦笑しながらそう言ったが、黒翼・白翼・散斬角の間にはしばらく言葉が戻って来そうになかった。
「や、やりにくいなぁ……」
 双翼がそう言ったきり、四人の間には会話が途切れた。
 無言のまま歩き続けること約一時間、太陽は傾き、地平線の陰へと入ろうとしていた。
「お、三人共見ろ。愛音威亜守村が見えてきたぞ。」
 村をいち早く発見した双翼は、そう言って黒翼ら三人のほうを見た。
「あっ、ホントだ!」
「やっと着いたねー。」
「どうやらこれで、無事宿に泊まれるようだな。」
 村が近づいたのを期に、彼らの間にはようやく言葉が戻った。
「ところで兄貴、まさかここで『宿に泊まるお金がない』とか言わないよね?」
「安心しろ、きちんと四人泊まるのに十分なくらいある。」
「黒翼、私じゃないんだから、双翼にそんな不注意あるわけないだろう。」
 黒翼と双翼の会話を聞いて散斬角は笑ったが、双翼は散斬角の言葉を聞いた瞬間、ギクリとして黙り込んだ。
「ん? 双翼、どうかしたのか?」
「…いや、何でも。」
「?」
 黒翼たちは双翼の今の反応に多少の疑問を持ったようだが、双翼は、以前金がなかったため町の中で野宿をしたことがあること(※ 第一話参照)を言い出せなかった。そして双翼が黙秘を続けたままで、一行は村の宿に到着した。
「ねーあんちゃん、さっき散斬角が言ってたお煎餅屋さんのことだけどさ…」
 宿に着いてすぐ、白翼はそう言って双翼の顔を見た。
「煎餅屋がどうしたんだ?」
「美味しいんだよね散斬角っ!」
 双翼が聞き返すと、今度は黒翼が散斬角に言った。
「あ、あぁ…美味いけど…」
「美味いんだよね、そうなんだよねっ!」
 そう言う黒翼と横にいる白翼の目は、輝いていた。
 ――要するに食べたいんだな。
 双翼はそう察すると、懐から少しばかりの金を取り出した。
「黒翼、白翼、このお金を持って二人で煎餅でも買ってきなさい。」
 双翼から金を手渡されると、黒翼と白翼は嬉しそうに煎餅屋を探しに走った。
「二人とも――っ、もうじき日が暮れるから、早く帰ってくるんだぞ!」
「分かってま――――っす!」
 黒翼と白翼の姿が家の陰に隠れて見えなくなると、双翼と散斬角は先に宿の中へ入っていった。


「双翼、お前は行かなくてよかったのか?」
 宿に入って畳の上に腰を下ろすと、散斬角が聞いた。
「もうじき日が暮れるのに黒翼と白翼を二人だけで行かせてよかったのか、ということか?」
 双翼が聞き返すと、散斬角は笑った。
「いや、どちらかというと煎餅のほうさ。あれは本当に美味いぞ。もしかしたら二人は自分の分しか買ってこないかもしれないからな、一緒に行ったほうが確実だったろう。」
 散斬角がそう言うと、今度は双翼のほうが笑った。
「別にいいさ、そのぐらい。」
「そのぐらいとは何だよ、本当に美味いんだぞ!?」
「おいおい、ムキになるな。」
「あっはっは、冗談冗談。」
 そんなことを話しながら、二人は笑いあった。
「…しかしよく考えたら、黒翼も白翼も、煎餅屋の細かい位置までは知らなかったな。大丈夫だろうか?」
 ふと、双翼はまじめな顔になり、言った。
「あぁ、そう言えば教えてなかったっけな。でもまぁ村の中にあるし、見ればすぐ煎餅屋とわかるから、大丈夫だろ。」
「そうかもしれないが……」
「いえいえそうとも限りませんよ……」
 二人が話しているところへ、突如宿の主人が現れた。二人が驚いて振り向くと、主人はふすまの陰から言葉を続けた。
「最近この村には夕闇と共に斬り裂き魔が出ましてね……幸い死者はまだ出ていないのですが、斬り裂き魔に出会い大怪我を負った人はけっこういるんですよ……夕方の外出はくれぐれも気をつけてくださいね…」
 言い終わると宿の主人は、すすすと宿の奥へと消えていった。
 双翼と散斬角は青ざめ、しばし無言で主人のいたほうを見つめていた。


「醤油煎餅四つちょうだいっ!」
 少し時間がかかったものの、無事煎餅屋を見つけた黒翼と白翼は、早速散斬角オススメの醤油煎餅を注文した。
「はいはいまいどありっ! …おや? 見かけない顔だね。」
「あぁ、俺たち旅の途中でこの村に立ち寄ったんだ。」
 店員に聞かれ、黒翼は少し自慢げにそう言った。
「へー、そうか。…でも子供二人だけで旅してるのかい?」
「違うよ。宿に二人、僕らより年上の連れが待ってンの。」
「なるほどね。じゃあ注文した煎餅のうち二つは、お連れさんのかな?」
「そうさっ!」
 黒翼がうなずくと、店員は煎餅を小さなかごのような器に入れ、白翼に渡した。
「じゃあ宿まで持ってく間に手がべたべたにならないよう、これを貸してあげよう。煎餅を食べ終わったら、器は宿の主人に渡しておいてくれ。」
「分かった。お気遣いありがと。」
 白翼がそう言うと、黒翼が煎餅の代金を店員に渡した。そして二人が店から立ち去ろうとすると、店員が呼び止めた。
「あっそうだ、君たち! 『夕闇の斬り裂き魔』殺華面【サッカメン】の話を知ってるかい?」
「夕闇の斬り裂き魔?」
「殺華面?」
 店員の言葉を聞き、二人は立ち止まって振り向いた。
「あぁ、最近この村では、夕方になると、顔半分を仮面で隠し凶器を持った不気味な男…殺華面が現れるんだよ。」
「ふーん、それで?」
「その男は斬り裂き魔でね……外を出歩いているヒトを見つけると、その凶器で斬りかかってくるんだよ! まだ斬られて死んだ人はいないけど、その斬り傷、かなり深いからね〜…むしろ誰も死んでないのは奇跡だよ。もうそろそろ斬り裂き魔が出る時間だからね、気をつけたほうがいいよ〜。」
 店員はそう言うと、さっさと店じまいを始めた。


「…夕闇の斬り裂き魔だって。」
 煎餅の入った器を持って歩きながら、白翼は言った。
「はははっ、怖いのか白翼? そんなの出るわけないだろっ。」
「や、怖くないし。それに僕も半信半疑だね。かなり深い傷なのに誰も死んでないってのも、よく分かんないし。」
「お、珍しく意見が合うな。ははっ。」
「あはは、そだね。」
 二人はそう言いながら、宿へむかって歩き続けていた。しかし、ふと背後に第三者の足音と気配を感じ、二人同時に立ち止まった。二人が立ち止まると、第三者の足音も同時に止まった。
「…。」
「…。」
「…せーの、でいくぞ。」
「…うん。」
 黒翼と白翼は前を向いたままでうなずき合い、小声で「せーの」と言うと、同時にばっ! と後ろを振り向いた。
 そこには、穴が四つほど開いた左半分だけの仮面で顔を隠し、のこぎりらしい凶器を持った、目の下くまだらけの不気味な男が一人立っていた。
「…。」
「…。」
「…。」
 三人の間にはしばし沈黙が続いた。すると不気味な男は凶器についている取っ手のような部分に手をかけ、そこを何度も引き始めた。
 ドルルルンッ ドルルルルンッ ギャガガガガガッ……
 男の持つ凶器が大きな音を立て始めた時、黒翼と白翼はハッと我に返った。男の凶器は、のこぎりの刃のような部分が回転し始め、触れるだけで硬い鎧さえも斬り裂いてしまいそうに見えた。黒翼と白翼の意識はここから逃げ出そうということでいっぱいだったが、足がすくんで動かない。男は回転している凶器を構え、二人に一歩近づいた。
「ぎっ…ぎゃあぁ―――――――――――――――ッ!!!!!」
 男が前に踏み出した瞬間、黒翼と白翼は合図されたかのように同時に大きな悲鳴をあげ、一目散に逃げ出した。


 宿で黒翼と白翼の帰りを待つ双翼は、不安そうに外を眺めていた。
「もうじき日が沈む……道に迷ったりしていないだろうか?」
「心配性だなァ双翼は。」
 ずっと落ち着かない様子でいる双翼を見、散斬角が言った。
「大丈夫だって! もし道に迷ってたとしても、村はそんなに広いわけじゃないんだ。斬り裂き魔とやらにでも会わない限り、すぐ戻ってくるさ。」
 散斬角は何気なくそう言ったが、直後、二人はハッとして顔を見合わせた。


「黒翼―――っ! あんちゃんとの修行の成果、あいつで試してよ――ッ!!」
「無理! 宿に槍置いてきちまったもんよ!! 白翼お前こそ、無法党に使ってたあの呪符使ったらどうだッ!?」
「あれ、村の中で落っことしたら大変だと思ったから、あんちゃんに預けてきちゃった…」
「何ィ―――――――ッ!?」
 黒翼と白翼は、そう叫びながら走り続けた。二人の後ろには、先ほどからつかず離れずのペースで『夕闇の斬り裂き魔』殺華面が、回転する凶器を手に追いかけてきていた。
「どーすんだよこれからあぁ!」
「と、とりあえず何とかして宿屋まで行くか、あいつをまかなきゃ!」
「まくってどーやって!?」
「えーと…そうだ、まっすぐ走り続けるんじゃなくて、急に角を曲がりまくってみるとか!?」
「よし、試そう!!」
 白翼の提案を採用し、二人は目の前に現れた建物の角を三つほど連続して曲がっていった。しかし、そんな動きをしたのが運の尽きだった。
「いっ…行き止まりいぃ!?」
 三つ目の角を曲がった直後に二人の目に飛び込んできたのは、材木や俵などが無造作に積み上げられてできあがった行き止まりであった。二人は慌てて元の道に戻ろうとしたが、振り返ったところには既に殺華面が立っていた。
「ぜっ…全然まけてないんですけど?」
「だっ…だって、あいつ思ったよりすばしっこいんだもん…」
 二人が殺華面ほうを向いたままそう話していると、殺華面は再び凶器の取っ手を何度も引いた。
 ドルルルンッ ドルルルルンッ ギャガガガガババババババ……
 殺華面の凶器の動く音は、黒翼と白翼を震えさせた。
「あああぁぁぁもうだめだああぁぁぁっ!!」
「助けて {兄貴
あんちゃん
} 、散斬角―――――――――ッ!!」
 一歩ずつゆっくりと歩み寄ってくる殺華面を見、二人は夢中で叫んだ。そのとき、かすかではあるが人の走る足音が、殺華面の凶器の稼動音に混じって聞こえてきた。
「紅斬【コウザン】ッ!」
 そう叫ぶ声が聞こえた直後、殺華面の背後から衝撃波が飛んできて、稼動中の凶器が弾き飛ばされた。
「た―――――――ッ!!」
 今度は先ほどとは違う声の者が飛び出し、手にしていた薙刀を、空中に放り出された殺華面の凶器ごと地面へ突き刺した。凶器は薙刀に刺されても少しの間動いていたが、稼動に必要な部分が破壊されたらしく、やがて静止した。
「大丈夫か二人共!?」
 殺華面から凶器を奪い、破壊した二人は、黒翼と白翼のほうを見た。
「兄貴ッ!」
「散斬角ッ!」
 安堵の息を漏らしながら、黒翼と白翼はその二人の名を呼んだ。しかしそのとき――
 ズドン!
「ぐっはぁ!」
 凶器を取り上げられた殺華面が突如強烈な頭突きを繰り出し、散斬角を吹き飛ばした。そして地面に突き刺された薙刀を抜き取り、もはや稼動しなくなった凶器を持ち、双翼を見た。
「ま、まだやる気かっ…?」
 双翼は殺華面の動きを見、刀をかまえ直した。すると殺華面はすぐ、双翼に向かってのこぎり同然の凶器を振り上げた。それに合わせ、双翼もまた刀を上に振り上げた。
「黒法【コクホウ】っ!」
 刀の切っ先を上に向けたまま双翼が唱えると、殺華面の足元から急に水の柱が伸び、殺華面を真上に突き上げた。殺華面は抵抗する暇もなく宙へ舞い、そして地面に激突した。そして、そのまま動かなくなった。
「おーっ、やるな双翼。」
 頭突きをくらった腹を押さえた状態で、散斬角が双翼に駆け寄った。
「さすが兄貴っ!」
「冷静な対処だねー。」
 散斬角に続き、ようやく気持ちが落ち着いた黒翼と白翼も近くに寄ってきた。対する双翼は刀を鞘に戻すと、大きな溜息を一つついた。
「あー…不気味だった…。」
「斬り裂き魔を倒して第一声がそれかよ。」
「いやでも何も言わずにずっと同じ顔だったんだぞ? しかも目の下くまだらけの顔で。」
「あの顔見ただけならまだいいって兄貴! 俺たちなんてあれに追い回されたんだよ!?」
「そーそー、僕らが感じた恐怖よりずっとマシだから。」
「ははは…そりゃごもっともで。」
 四人はしばらくその場で話していた。一方双翼の攻撃を受けて動かなくなっていた殺華面だが、急にスッと起き上がり、双翼たちが自分に注目していないのを確認すると、物音一つたてずにその場から去っていった。
「…あ、そうだ。あの斬り裂き魔どうすんの?」
 話をしている途中、白翼が思い出してそう言った。
「おっと、忘れるところだった。さすがに放っておくのもなんだし、村長か誰かに身柄を引き渡したほうが…」
 双翼はそう言いながら殺華面のいたほうを見た。しかしそこには破損した凶器が残っているだけで、殺華面の姿は影も形もなかった。


【次回予告】第九話【次回予告】
旅を続ける双翼ら一行、彼らの次の目的地は爆火炉忍亜山!
その途中偶然立ち寄った小さな村で妖怪退治をすることになるが…
次回、
第九話 「闇夜の村の魔窟」

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