第七話
紅の剛肩、再び!
地球連峰を下り、不論帝悪村
【フロンティアむら】
方面を目指して旅を続けている双翼らは、途中小さな茶店に立ち寄った。
「とりあえず…抹茶じゃないお茶をください。」
「俺団子、餡子のヤツ!」
「僕はお饅頭で。」
店員の娘は三人からの注文を受けると一旦奥へ引っ込み、煎茶を入れて三人に渡した。
「…ところで兄貴、『抹茶じゃないお茶』って言ってたけど、何かこだわりでも?」
団子が来るのを待ちながら、黒翼が双翼に聞いた。
「いや、こだわりと言うか……抹茶はどうも苦手でな。」
「あんちゃんでもやっぱり苦手な物あるんだねぇ。」
「ははは…まぁな。」
白翼に言われ、双翼は照れ隠しに笑った。
「そこの三人組、ここの店はみたらし団子が美味いぞ。頼んでみたかい?」
三人が話しているところへ、赤い鎧を身に纏った一人の男が話し掛けてきた。その顔は、先日戦った(出会った)無法党の頭目・邪法丸にそっくりである。
「うわァっ、邪法丸!?」
黒翼がそう叫ぶのとほぼ同時に、三人はその男の方へ身構えた。
「ま、待ってくれ! 違うッ!!」
男はギョッとしながら少し後ずさりし、そして大慌てで首を振った。
「邪法丸って言ったらお尋ね者の盗賊じゃないか! 以前も烈刀丸だか何だかと言う男に邪法丸と間違えられたが…私は違う!」
男は、必死になって弁解を続けた。
「…そう言えば……邪法丸とは声が違うか。」
双翼がふとそう言ったのを聞き、黒翼と白翼は顔を見合わせた。
「た…確かに、あの嫌味ったらしい感じはしないしなぁ。」
「なぁんだ、ややっこしいなぁもう。」
三人が構えを解いたのを確認すると、男は安堵の溜息をついた。
「…で、名前は? 邪法丸もどきさん。」
まだ何かしらの不信感を抱いているらしく、白翼はそう聞いた。
「だからこの顔は生まれつきで……まァそれはもういいや。私の名は散斬角
【サザンカク】
だ。」
「…さざんがく(3×3=9)? 変な名前ー。」
散斬角の名前を聞いた直後、ちゃかすように白翼が言った。
「ぷっ…」
「こ、こら白翼! 黒翼も!」
白翼とその言葉に思わず吹き出してしまった黒翼の頭を、双翼は軽く叩いた。一方散斬角はというとしばらくは指を折りながら何か考えているようだったが、急にぽんと手を叩いた。
「あぁ、そうか、なるほど! 自分の名前なのに今まで気付かなかった! 頭いいな君。」
「……」
散斬角の予想外の反応に、白翼はそのまま固まってしまった。
「…で、君たち、みたらし団子頼んでみた?」
「いや、頼んでないけど。」
散斬角が再び聞いてきたので、黒翼は素直に答えた。
「そうか、それはもったいないなぁ。私がおごってあげるから、一つ食べてごらん。」
散斬角はそう言うと、双翼たちの返事を待たずに、店員へみたらし団子を四人分注文した。
「い、いいのか? 散斬角殿…初対面なのに…」
「いーからいーから。“一期一会”って言葉あるだろ? 旅生活なんかしてると特に、人との出会いってのが大切に思えるものさ。」
双翼が申し訳なさそうに言うと、散斬角はそう笑って答えた。
「あ、そう言えば聞き忘れてたんだけど、君たちの名は?」
「私は双翼、旅の武者だ。」
「俺は黒翼ってんだ!」
「僕白翼ー。」
三人が名乗っていると、ちょうど店員が散斬角の分のお茶と、黒翼・白翼が頼んだ品を持ってきた。
「双翼、黒翼、白翼か……何だか三人共似通った名だが、君たちは兄弟かい?」
散斬角はお茶を飲みながらそう聞いた。
「俺、双翼兄貴の弟分なんだ!」
「僕も双翼あんちゃんと義兄弟ー。名前のほうは三人共偶然。」
「じゃあ三人で義兄弟?」
「や、黒翼と僕の間には特に何も。」
「…。」
散斬角の問いに対する二人の返答を聞き、双翼は思わず苦笑いをした。
「せっかく一緒にいるのに、君たちの間は何でもないって…変な感じだな。三人そろって義兄弟でいいじゃないか。」
「でも黒翼が僕の義兄ってのは何か微妙。」
「俺も白翼が義弟ってのは…違和感あるな。」
「そうかなぁ、けっこういい義兄弟だと思うけど。」
「えー、ありえない。」
――いや、十分義兄弟としてやっていけるだろう。――
散斬角の言い分にそろって反発している二人を見、双翼は思った。
「しかし…この団子、何か物足りないな。」
ふと黒翼が、自分が注文した餡団子を口にしながら言った。
「…璽無饅のほうが美味しい…」
白翼もまた、頼んだ饅頭を食べながら言った。
「…? 璽無饅て何?」
二人の口から出た謎の言葉に、散斬角が首をかしげた。
「璽無坊が作った饅頭、だから璽無饅。」
「璽無坊って誰?」
「えーと…璽無坊は璽無坊だよな。」
「いや、全然分かんないんだけど…」
はっきりと説明をしない黒翼・白翼に代わり、双翼が璽無坊について簡単に説明を加えた。
「はー、なるほど。つまり、その人が作った饅頭がひたすら美味いと…」
「そーなんだよー! 外の皮はふっくらしてて、中には舌触りはなめらかだけど少し控えめで上品な甘味をもつこしあんが入ってて…」
「あ、そう…」
目を輝かせながら言う黒翼を見、散斬角は少し引いた。と、そのときちょうど、店員が散斬角の注文したみたらし団子を持って現れた。
「おまたせしましたー。」
「あぁ、ありがとう。」
散斬角は店員からみたらし団子を受け取ると、双翼たちに配った。
「さぁめしあがれ! 璽無饅とやらも美味いようだが、こいつもなかなかいけるぞ。」
「いただきまーす。」
四人はほぼ同時に、みたらし団子を口に含んだ。
「あ、美味しい。」
黒翼の口から、率直な感想がこぼれ出た。
「…璽無饅と同じくらい美味しいかも…」
白翼もまたそう言った。
「ははは、そうだろう! 私は今まで天宮中を回ってきたが、ここのみたらし団子の美味さは五本の指に入るぞ!」
「散斬角は美味いみたらし団子求めて旅してンの?」
白翼がそうツッ込むと、お茶を口に含んだ散斬角は思わずそれを吹き出した。
「いやみたらし団子は好きだけど、別にそういう旅では…」
「じゃあ天宮の美食を求める旅とか?」
黒翼にまで言われ、散斬角は一瞬言葉に詰まった。
「だからそーゆーのじゃなくって…私の一族は元々、天宮中を放浪しながら生活しているんだ。…まぁ一族って言っても、親類四家族ぐらいが一緒に旅をしている程度なんだが。」
「散斬角一人じゃん。はぐれたの?」
「…。恥ずかしいからあんまり言いたくないんだが……一族は旅をする際馬に乗っているんだ。だが、私は…」
「わかった、一族と一緒に旅できないくらい乗馬下手なんでしょ?」
白翼にずばり言われ、散斬角は絶句したまま赤面した。
「…気にするな散斬角、ヒトそれぞれ、得意不得意はあるものさ。」
「…まぁね。」
双翼が励ましたが、散斬角はうつむいて溜息をついた。
「みっ、見つけたぞ双翼頑駄無ッ!!!」
突如、そんな声が双翼たちのほうへ投げかけられた。四人が声のしたほうを見ると、そこには、肩にだけ赤い鎧をつけた一人の男が立っていた。
「…誰? あれ。」
「何か兄貴のこと呼んでるみたいだけど…知り合い?」
白翼と黒翼は双翼のほうを見た。しかし肝心の双翼は、腕を組んでその男のことを見ながら、首をかしげていた。
「…会ったことはあると思うんだけど……名前何だっけ?」
「きッ、貴様ァ!!!」
双翼の返答に対し、赤い肩鎧の男は激高した。
「ダメじゃないか双翼。旅生活をしている以上、再開したときのために、一度会った人の名前ぐらいきちんと覚えておかないと!」
落ち込み状態から復帰した散斬角は、そう言って双翼の肩を叩いた。と、その時、赤い肩鎧の男の目に、散斬角の姿が映った。
「け、けっこうカッコイイ…全身真っ赤な鎧…!」
「はい?」
急に男の視線が自分に集中しだしたのに気付き、散斬角は冷や汗をかいた。
「な…何か…?」
「お…俺はこの肩鎧だけで満足していたが、間違いだった……全身赤い鎧がこうもカッコイイとは…」
「いや、だから何…」
「チクショ――――!!!」
わけも分からず困っている散斬角への配慮全くなしのままで、赤い肩鎧の男はわめき始めた。そして何を考えたか、いきなり自分の右肩鎧から出ていたヒモに火をつけた。
「くらえこんちくしょう! 飛肩衝激
【ひけんしょうげき】
――ッ!!!」
男は右肩鎧を散斬角の方へ向け、そう叫んだ。次の瞬間、
ダォン!!!
「ぐはっ!」
急に男の右肩鎧が轟音とともに飛び出し、散斬角の腹部に命中した。
「さ…散斬角!」
今の一撃で茶店の椅子から転がり落ちた散斬角を見、双翼たちは叫んだ。
「だ、大丈夫だ…けっこー痛かったが…」
散斬角はそう言いながらよろよろと立ち上がった。散斬角の鎧は腹部がへこんでいるが、彼の命に別状はなさそうである。
「くっ…くくくくくっ…どーだ見たかぁ!」
散斬角が一応はダメージを受けたのを見、男は笑った。しかしその男の右肩からは血が流れていた。どうやら肩鎧を飛ばした時に傷を負ったようで、それは明らかに、攻撃を受けた散斬角の傷よりひどい。
「あのー…お前大丈夫か?」
散斬角は自分よりむしろ男の怪我のほうが気になり、そう聞いた。
「けっ! だいじょーぶに決まってんだろうが馬鹿野郎!! “紅の剛肩”をナメんなよ!!」
「その肩がダメになっちゃ意味ないんじゃない?」
そう言った男は白翼のツッコミを無視し、今度は左肩を双翼のほうへ向けた。
「今度はテメーだ双翼!! 以前会った時の恨み、晴らさせてもらうからなッ!! くらえっ、紅肩突撃ィ―――」
「させるかっ!」
双翼めがけ、左肩を突き出した変な姿勢で突っ込んでくるこの男の前に、散斬角が立ちはだかった。
「仕返しだ、三散刃
【サザンジン】
!!」
散斬角はそう言うのが早いか否か、薙刀をかまえてそれを男に向かって突き出した。
「ぐっは――――!!!」
男は散斬角の攻撃を受け、少し後ろに飛ばされてからばたっと倒れた。その左肩鎧には、上・中・下三箇所に薙刀で突かれた跡が残っていた。
「…あ、思い出した。」
男が倒れてから、双翼が口を開いた。
「こいつ、角鋼丸だ。」
「角鋼丸?」
「あぁ、黒翼に出会う前、何かヒトにからんでたンで懲らしめたんだが…また出会うとは…。」
双翼はそう言いながら腕を組んだ。
「まぁ、誰といつ再会するかなんて分からないからな。」
散斬角はそう言いながら笑うと、先ほど自分のほうに飛ばされてきた右肩鎧を、角鋼丸のそばに置いた。
「…さて、団子も食べ終わったことだし、勘定払ってそろそろ行くか。」
散斬角はそう言うと、店員を呼んだ。
「散斬角、我々の分はきちんと私が払うよ。」
「いいっていいって。みたらし団子は私が勧めたんだからなっ。」
双翼の申し出を断り、散斬角は小銭袋を開いた。
「あっ…」
「ん? どうした散斬角?」
「…双翼…ちょっと一つ頼みあるんだけど、いい?」
「何だ?」
「…お金貸してください…」
「……。」
結局この場の勘定は、全て双翼が払った。
「いや、ホントにスマン。」
双翼らと共に歩きながら、散斬角が言った。
「昨日も、久々にヒトと再会したんで茶菓子の類をおごったんだった…」
散斬角はそう言いながら頭をかいた。
「まぁいいってことだ。旅は道連れ、世は情けと言うだろう。」
「あぁ、うん、でも、きっとそのうちに返すから…そのうち……」
双翼が笑顔で肩を叩くと、散斬角はそのまま肩を落としてうなだれた。
「とりあえずさー散斬角、兄貴に金返すまでの間だけでいいから、俺たちと一緒に旅しない?」
黒翼の提案を聞き、白翼が急にそちらを向いた。
「へー、何、散斬角がきちんとお金を返すか怪しい。ふーん。」
「いやそうじゃないって…。さっき散斬角強かったからさー。どうやったらあんなふうに強くなれるのか色々教わりたいし!」
「あぁ、あんちゃんとの修行に不満だと。」
「だからそうじゃないってば!!」
「よさないか白翼。」
黒翼の揚げ足をとりまくる白翼を見かねて、双翼が注意した。
「黒翼の言った理由はともかく、散斬角と一緒の旅は悪くないかも。あんちゃんと散斬角は、どう?」
白翼はそう言って二人のほうを見た。
「私は賛成だが…散斬角、どうだ?」
「…当分宿代とかは双翼か誰かに借金していくことになるが……どれでもよければ…」
「だからそんなに気にしなくていいから…」
まだ落ち込んだままの散斬角を見、双翼たちは苦笑いをした。
【次回予告】
愛音威亜守村
【アイネイアースむら】
へ到着した双翼一行。
夜も近づき早速宿をとることにした四人だが…
次回、
第八話 「夕闇の斬り裂き魔」