第五話
封じられた変幻



 於雄得山を下ってからしばらく、双翼たちは修行の名目の元、羅美安薔薇山【ラビアンローズさん】で三日間の登山をしてから、地球連峰【ちきゅうれんぽう】に入った。
「…前から思ってたんだけどさー。」
 地球連峰の山道を歩いていると、白翼がふと口を開いた。
「双翼あんちゃんって何で修行の旅なんてしてンの?」
「え?」
 急に聞かれた双翼は、思わず立ち止まった。
「…お前、馬っ鹿だなぁ。」
 白翼に対して、双翼ではなく黒翼が答えた。
「武者たるもの、日々精進するのは当然だろー?」
「精進するのに旅は必需品なの? 道場とかでも精進できるんじゃない?」
「え、そ、そりゃ……道場より旅だろ!」
「何で黒翼はそう言いきれるのさ? 旅してる間ってお金稼ぐの難しいじゃん。食事や宿でお金はかかるのに。」
「う…」
「つーか黒翼もともとお百姓さんの家なんでしょ? いいの? 家の仕事やらずにこんなトコで旅してて。」
「……」
 白翼に言い負かされた上に痛いところを突かれ、黒翼はそのまま黙り込んだ。
「…で、あんちゃん、どうなの? 旅することに、深い意味はあるの?」
 黒翼が黙ったことを確認してから、白翼は再び双翼に聞いた。しかし双翼とて、ここで翼神頑駄無に関する話を始めるわけにはいかない。双翼は困り、言いわけを考えながら口を開いた。
「…私の家は剣術道場を…あ、道場と言っても別にたいして大きくもなくて…とりあえず持っているんだが、道場にこもっていては見聞が広められないので…それでこうして旅をしているんだ。」
 ――上手くごまかせただろうか?――
 双翼はそう思いながら白翼のほうを見た。
「ふーん、そうなんだ。なるほど。」
 意外にも白翼は、双翼の言ったことを素直に受け止めたようである。黒翼の時とはえらく態度が違う。
「……あのさ白翼、何で俺が言うのには納得しないのに、兄貴の言ったことには素直に納得するわけ?」
 白翼のほうをにらむように見ながら、黒翼が聞いた。
「え? だって、ヒトとして考えの深さが違うじゃん、元々。あんちゃんならそれなりに考えての言動だろうけど、黒翼の場合ほとんど思いつきでしょ。」
「ぐっ…」
 黒翼は再び黙り込んだ。どうやら、白翼の言ったことに思い当たるところがあるらしい。
「…じゃ、あんちゃん、とりあえず先行こ。」
 白翼に言われ、三人は再び歩き出した。
 だが、歩行再開からほんの数分で、彼らの足は再び止まった。足を止めた三人の前には五人の男が立ち、道をふさいでいた。
「どなたかは知りませんが初めまして、お三方。」
 五人のうちで一番立派な鎧を身にまとった男が言った。
「我らは無法党【むほうとう】、私は頭領の邪法丸【ジャホウマル】と申します。最近、この先は我らが占拠していますので。…どうかお引取りを。」
「勝手なこと言うな!」
 邪法丸と名乗る男にむかって黒翼が言った。
「なーにが『占拠しています』だよ!! 誰に断ってそんなことやってんだ!!」
「いえ、誰に断るなんて…勝手にやっていることですよ。」
 黒翼の問いに対し、邪法丸はそっけなく答えた。
「まぁ、細かい問答は時間かかりますからこれぐらいにしまして、早く帰ってくれませんか? 我々はこれから出かけるところなんですよ。」
「出かける? だったら別に僕らがここ通ったって邪魔になんないじゃん。」
 白翼が言うと、邪法丸は首を横に振った。
「いえいえ、邪魔かどうかは問題ではありませんよ。あなたたちだって、自分の土地に見ず知らずの人が勝手に入ってくるのは嫌でしょう?」
「…そうは言っているがお前たち、勝手に道を占拠している身で言うセリフではないだろう。」
「まぁ、それも一理ありますけどね。…とにかく問答は面倒です。忍舞【ニンブ】、撃斧【ゲキフ】、砕武【サイム】、お願いしますよ。」
 邪法丸がそう言うと、忍らしき青い服の男と、砲を持った水色の服の男と、棍棒を持った紫の鎧の男が前に出た。どうも忍舞、砕武、撃斧というのは彼らの名らしい。
「とりあえず軽くあしらってあげてください。足元には注意してくださいよ。」
 邪法丸はそう言って、地面を見た。別にそこに何かあるわけでもないが、この道から少し外れた所には崖があった。
「…どうやら戦うしかないらしいな。」
 相手が武器を構えたのを見、双翼は刀を抜いた。
「くくくっ、そこの長髪、腕が立ちそうだな。お前の腕前見せてもらおうじゃねーか!」
 そう言うと青い服の忍・忍舞は、右腕につけた刃で双翼に斬りかかった。双翼はそれを刀で軽々と受け止め、そして反撃に出た。
「おっ、割とやるな。…だが、これをかわせるかっ!?」
 忍舞はそう言うと、今度は先ほどの倍以上の速度で、連続して斬りつけてきた。双翼はそれもすべて刀で受け止めたのだが、反撃をするには至れない。
「フッフッフ、見たところただの子供のようだが、遠慮はしないぞ。拙者を相手にどれほどもつかな?」
 水色の服を着た大砲使い・撃斧は、そう言い終わるのとほぼ同時に、黒翼に向けて砲を撃った。
「うおわっ! 危ねぇっ!!」
 黒翼は紙一重のところで撃斧の第一撃をかわしたが、すぐ近くに着弾したためその爆風でゴロゴロと転がった。
「さぁ、どんどんいくぞ!!」
 黒翼が起き上がったころには既に撃斧は新たに弾を込め終えており、黒翼が反撃に出ようとしたところでまた弾を発射した。
「うーん…砕武の相手、オマエ? とりあえずよろしく。」
「よろしくないから。」
 挨拶をしてきた紫の鎧の男・砕武に対し、白翼は冷たい一言を返した。だが砕武はしばらく黙って首をかしげたのち、手にしていた棍棒を白翼に向かって振り上げた。
「はい『守衛陣 鏡牙』ー。」
 ガッ ザクッ
 砕武が棍棒を振り下ろす直前に白翼は結界を張った。そして砕武の棍棒が結界に触れた瞬間、そこから針が突き出し、砕武の額に刺さった。
「………痛い………」
「そりゃ痛いでしょ、刺さってンだから。」
「……まぁいいか。」
「はい?」
 砕武は、結界を張ったままア然としている白翼に再び殴りかかった。だがやはり、またしても結界から出た針が砕武を襲った。
「…あのさ、お前馬鹿?」
 白翼にそう言われた砕武はしばらく黙って考えていたが、少しすると考えるのをやめ、また白翼の張った結界に殴りかかった。
「ああぁぁぁ〜〜〜〜〜じれってええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 撃斧の猛攻で相手に近づけないままでいた黒翼が、槍を強く握ってそう叫んだ。
「妖魔解禁――――――ッ!!!」
「な、何ッ!?」
 突然姿を変えた黒翼に、撃斧は驚きを隠せなかった。
「あっ、黒翼ついに本気出たね? じゃ、僕もやろっかなー。」
 黒翼の変幻に気付いた白翼は、まだ砕武が攻撃を続けているにも関わらず、結界を解いた。
「いっくよー! 気力充填っ!」
 白翼はそう言いながら変幻し、空中へと飛び上がった。
「ん? 砕武の相手は?」
 砕武は空中に飛び上がった白翼神を見失い、きょろきょろと辺りを見回した。
「こっちだよー! くらえっ、隼降ざーん!」
 白翼神はそう言うと、刀を構えてから砕武にむかって急降下した。
「む。」
 白翼神の攻撃に気付いた砕武は、刀が自分に触れる直前、後ろに跳躍して攻撃をかわした。
「…二人は変幻したのか…」
 忍舞を相手に防戦一方のままでいる双翼は、二人の方を見ながらつぶやいた。
 ――このまま相手にスキができるのを待つより、私自身が変幻して戦ったほうが早いか――
 双翼はそう思うと、すぐに変幻をすることにした。
「神通力展開!」
「おぉっ!?」
 急に変幻した双翼に驚き、忍舞は攻撃を止めて一旦距離をとった。
「おやおや、あの三人、変幻できるんですか。飛行能力を身につけた上見た目も何だか強そうですし、これでは忍舞たち三人で勝てるかどうか分かりませんねぇ。…変幻と言えば幻魔【ゲンマ】、確か先日、新しい呪符を作っていましたね。試してみてはどうですか?」
 戦いを見ていた邪法丸は、そう言いながらそばにいた呪術師らしき男・幻魔を見た。
「あぁ、あの呪符ですか? 分かりました。」
 幻魔はそう言うと、両面に文様の書かれた呪符を三枚取り出した。
「『封幻』【ふうげん】! はっ!!」
 幻魔はそう言いながら先ほど取り出した呪符を、双翼神・黒翼神・白翼神にむかって一枚ずつ投げつけた。それが三人の体に触れた瞬間、彼らに異変が起こった。
「むっ!?」
「な、何だ!?」
「つ、翼がッ…」
 幻魔の呪符が三人に貼りついた直後、三人から翼が消え、やがて変幻が完全に解けてしまった。
「こ…これは一体…!?」
「まだすげェムカついてンのに、変幻が解けちまった!?」
「あー…何かもうやる気しな〜い…」
 双翼たちが戸惑っているのを見、幻魔は笑った。
「フッ…ハハハハハッ! 見たか、この幻魔様の呪符の力を!!」
「呪符の力!? …この紙切れかぁッ!?」
 幻魔に言われ、黒翼は自分の体に貼りついた呪符をはがし、びりびりと破り捨てた。
「よっし、これでいいのか!? 妖魔解禁っ!!」
「…なぁんにも起こってないねェ…」
 いくら叫んでも変幻しない黒翼を見、やる気なさそうに白翼が言った。
「はっはっはっ、無駄無駄ァ!! 私の持っているもう一種類の『封幻』の呪符を破らない限り、その効果は半永久的に続」
「見つけたぞ邪法丸っ!!!」
 幻魔が喋っている最中に、突如、双翼達でも邪法丸たちでもない、別の男の声がした。双翼たちが声のした方向を見ると、そこには、少し高いところからこちらを見下ろしている一人の武者がいた。
「おや、あなたは…」
「そこ動くなぁ!」
 邪法丸が口を開いた直後、その武者は今いる場所から飛び降り、双翼たちの目の前に着地した。が、さらにその直後、
 がぼっ
 そんな音を立てながら、その武者の周辺の地面が傾いた。地面の下には板と穴が隠され、上に人が乗ると、その重みで地面ごと板が崖のほうへ傾くようになっていたのだ。
「なっ…何……あああぁぁぁぁぁああぁぁっ!?!?!?」
 双翼たちをも含む四人は、そのまま崖の下へ滑り落ちていった。
「あー、これまた見事にひっかかってくれましたねェ…しかもあの三人ではなく、烈刀丸【レットウマル】が…」
 双翼たちの落ちていった崖の下を見、邪法丸はつぶやいた。


「うぅ…一体何があったんだ……?」
 黒翼と白翼にのされた状態で、双翼が言った。
「びっくりしたー、何で僕ら急に崖下に落下してンの?」
「ンなこと俺が知るかぁ!」
「…それよりも二人共、頼むから早くどいてくれ、重い!」
「…その前にテメェもどけ…」
 三人がそう言っていた所、双翼の下から声がした。そこには、先ほど突如として現れた武者が怒りで体を震わせていた。
「え、ど、どけって言われても…上の二人がどいてくれないと…」
「いいからどけッつってんだよっ!!!」
 そう言うと双翼の下の武者は、上の三人を力ずくで払いのけた。
「うわっ!」
「痛ェっ!」
「痛いっ!」
 無理矢理放り出されたあと体をさすりながら起き上がった三人に対し、武者はさらに怒りをぶつけた。
「何なんだよお前らは! せっかく邪法丸を見つけたと思ったのに、テメェらがいたせいでまた罠にかかっちまったじゃねーか!! しかもヒトの上に乗ってどこうとしねェし!!」
 正確には自分が邪魔をしたようなものだというのに、その武者はそう言って三人を責めた。
「な、何と言われても……私は双翼で、こっちが黒翼、こっちが白翼……」
「つーか、そもそもあの一団と先に戦ってたのは僕らだったんだけど〜?」
「そうだ! それなのにあとから出てきたお前が勝手に罠にひっかかって、俺たちを巻き添えにしたんじゃねーか!! そんなお前こそ一体誰だよ!?」
 双翼はこの武者の勢いに呑まれてしまったが、黒翼は、白翼の冷静なツッコミでハッとして、この武者に負けじと言い返した。
「フン、俺の名は烈刀丸! 邪法丸とその一味を追う男だ!!」
「女でもイヤだねぇ。」
「そういうこと言うなァ!!!」
 烈刀丸と名乗ったその武者は、そう白翼を怒鳴りつけた。
「烈刀丸とやら、お前は何であの無法党を追っているんだ?」
「あァ? 何でって言われても……邪法丸が俺の宿敵だからだ! ちなみに何で宿敵なのかって聞かれても、それは忘れた!!」
 双翼の質問に、烈刀丸は堂々そう答えた。
「お前らこそ、何であいつらと戦ってたんだ? …そういやあの時、幻魔が何か言ってたような気がするなァ、俺、無視したけど。」
「幻魔って……あの邪法丸とかいうヤツの隣にいたやつだっけ?」
「そうらしかったな。…しかし、変幻を封じる呪符があるとは…」
 双翼はそう言いながら、まだ貼りついたままだった呪符をはがした。
「何だ、お前ら幻魔なんかにやられたのか? ばっかだなー。」
「罠にハマった上に他人を巻き添えにするヒトよりマシだと思うけど?」
「殴るぞテメェ。」
 白翼のツッコミにいちいち腹を立てつつも、烈刀丸は何かを思いついたように、ポンと手をついた。
「そうだ、そこの長髪、お前今『変幻を封じる呪符』がどうのこうのと言ったな! さてはお前ら、その幻魔の呪符で困ってんだろ!」
「あ、あぁ…確かにそうだが…何を急に?」
 双翼が答えると、烈刀丸はにやりと笑った。
「実は俺、無法党の本拠地の場所を知ってるんだ。お前ら、俺と一緒にそこを攻めないか?」
「え?」
「俺は邪法丸を倒したい、お前らは幻魔の呪符をどうにかしたい。だったら一緒に奴らの本拠地に行って、それぞれ望む相手を倒しゃいいだろ!」
「おぉ、いい考えだ!!」
 双翼が答えるより早く、黒翼が烈刀丸の意見に同意した。
「よっし、決まったな! じゃ、早速行くぜ!」
「おー!!」
 そう言うと烈刀丸と黒翼は、早速歩いて行った。
「…あんちゃん、僕、面倒だから行きたくないンだけど。」
「…そう言うな。」
 双翼と白翼は、渋々烈刀丸の後に続いて行った。


 やがて烈刀丸・双翼・黒翼・白翼の四人は、地球連峰のとある洞窟の前にやってきた。
「ここが奴らの本拠地だ。中は一応火が灯っているとはいえ暗いからな、気をつけろよ!」
 烈刀丸はそう言うと、誰よりも最初に洞窟に踏み込んだ。瞬間、
 ザフッ
「ぎゃあ!?」
 三歩も進まぬうちに、烈刀丸は入り口付近にあった落とし穴にすっぽりとハマった。
「……何やってンの?」
 白翼は冷ややかな目で落とし穴の中を見た。
「クッ……邪法丸めっ……またしてもこんな巧妙かつ卑劣な物をっ…」
「卑劣なの? それに巧妙ってゆーほどでもない気が。しかも今のってまだ入り口付近で日が当たってて簡単に見破れそう……兄貴は気付いてたんじゃない?」
「え、あぁ、まぁ……てっきり彼も気づいているものかと…」
「だああぁうるせえぇぇぇ!! 白けた目で俺を見るんじゃねえぇぇ!!」
 黒翼にまで馬鹿にされた上、双翼にもあきれられた烈刀丸は、赤面しながら怒鳴った。
「あんちゃん、とりあえず僕らは先行っとかない?」
「え、でも…」
「そうだよ兄貴、このヒト持ち上げてたら日が暮れちまうし。とりあえず俺たちは、俺たちの目的を果たしに行こうぜ。」
「……仕方ない、か……」
 白翼と黒翼に言われ、多少の後ろめたさを感じつつも、双翼は奥へと進み始めた。
「あっ、おいっ!? どこへ行く! 俺を助けろォ!! 聞いてンのか!? おいってば!! くそっ、ぶっちゃけこういうときのために誘ったのにっ……俺を見捨てるなあぁぁぁ!!」
 三人に置いていかれた烈刀丸は、落とし穴の中で必死に叫び続けた。しかし、いくら叫んでも双翼たちは戻ってこなかった。


第六話予告【次回予告】
無法党の本拠地への侵入に成功した双翼ら三人。
一方、邪法丸の卑劣(?)な罠に敗れた烈刀丸は!?
次回、
第六話 「対決、無法党!」

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