第四話
白い翼の少年
【後編】



 次の日――雨はやみ、空はきれいに晴れ渡った。
「では、双翼さんはまき割り、黒翼さんは水汲みをよろしくお願いします。」
 璽無坊はそう言うと、双翼に斧、黒翼にオケ二つを手渡した。
「…あのさ、俺、できればまき割りのほうがしたいんだけど…」
「じゃあ交換するか?」
 黒翼の申し出を受け、双翼は斧を黒翼に手渡した。が――
「ぐわっ! お、重っ! 何コレ!? くおぉぉぉっ…」
 黒翼は渡された斧を一生懸命頭の上まで持ち上げようとした。だが、思った以上に斧が重かったため、思うようにいかない。
「……あきらめて水汲み行ってこい。」
 そう言う双翼に斧を渡し、黒翼は渋々水を汲みに行った。そして双翼は黒翼から返してもらった斧を手に、薪を割りに寺の裏へ回った。
「…よく考えたら、普段は誰がまき割りをしていると言うんだろうか? 璽無坊も白翼も、こんな重い斧を持てるとは思えないんだが…」
 双翼はそうつぶやきながら、薪を割り始めた。と、そこへ、双翼が持っているものよりひと回り小さい斧を手に、璽無坊が現れた。
「あれ? 璽無坊、何でここに? …と言うかそれ以前に、その手にある斧は?」
 双翼はそう言って璽無坊を見た。
「この斧ですかな? コレは私が普段まき割りに使っている斧での、わしもまき割りをしに来たんじゃよ。」
 双翼の目が点になった。
「…あの、その斧、一度持たせてもらっていいですか…?」
「かまわんよ。」
 双翼は璽無坊から斧を受け取った。それは、双翼が持っている斧の半分以下の重さしかないように感じた。
「………何で私に重いものを? まき割りだったら私一人でもできるのに…」
「白翼について、双翼さんだけに少し話そうと思いましてな。」
 璽無坊はそう言いながら、まきにする木をひとつ取った。
「白翼? …そう言えば、あの子はあなたが五年前から育てていると……五年前? それって、もしかして…」
 双翼はハッとした。五年前といえば、先の戦乱が終わった年である。
「あの子はここからだいぶ東にある、雨流手悪の町【アマルテアのまち】で家族と共に何不自由ない生活をしておった。じゃが、戦乱の混乱に乗じた盗賊があの子の家を襲ってな……あの子は全てを失ったんじゃよ。わしはその次の日、巡礼の旅の途中であの町に立ち寄り、身寄りのなかったあの子を引き取ったんじゃ。」
 双翼はそれを聞きながら、何も言わずにまきを割った。
「…白翼は、そのことや家族に関する話を嫌いますか?」
「…さぁのぅ、こういった話は意識せずともあまり話題には上らんから、どうだか…。ただ、家族がいなくなって寂しいのは確かじゃろうな。」
 そう答えると璽無坊は、何故かまきを横になぎ払った。側面を何かに支えられているわけでもないので、まきはそのままスッコーン! と音を立てて横に飛んだ。
「わ、ちょっと、何やってんですか!?」
「いや、まき割り…」
「危ないですよ! それ以前にそのやり方じゃまきは割れませんっ!! あーとりあえず今日の分のまき割りは私が全てやっておきますから!」
 双翼はそう言って、璽無坊から斧を取り上げた。
「そうか、それは助かるの。では、頼みましたぞ。」
 そう言うと璽無坊は、寺の表の方へと戻っていった。
「…全く、マジメな話をしていたと思ったら……もしかして、話が済んだ後は全て私に任せようとしてた…?」


「オラァ!!」
「ごめんよっ!」
「ちょぉっと邪魔するぜェ!」
 璽無坊が寺の中に戻ってきてから数分後、戸を蹴ってあけ、妙な風体の三人の男が寺の中に入ってきた。三人共黄色と金色の中間ぐらいの色の髪をしていて、糊でも使ったのか、それはそれぞれが独特の形で固められていた。しかも、着ている服もまた妙に長かったり、襟元が高く立てられたりしている。
「…? 何?」
 戸から少し離れた所で本を読んでいた白翼は、特に動じる様子もなく彼らを見た。
「実は俺ら、ここにちょっと用があってきたんだけどよォ。」
「『用』があってきたんだけど『よう』? …ダジャレ?」
「違う!!」
 三人の中でも一番偉そうにしている青い服の男は、そう言って強く床を踏んだ。
「おやおや、お客さんかね?」
 先ほどの声と音を聞きつけ、奥から璽無坊が現れた。何故かその手にはおぼんがあり、上にお茶と璽無饅が乗っていた。
「こんな山奥までよう来なすった。まぁこのお茶と璽無饅でも…」
「あ、そりゃどうも。」
「悪いな。」
「じゃ、いただき…」
 三人はお茶と璽無饅を受け取って、そしてはたと気が付いた。
「…って、そうじゃねエェ!!!」
 そう言って璽無饅を床に叩きつけると、三人は何やら武器らしい物を取り出した。
「鎖を自在に操る頭、討流義主【トールギス】!」
「一撃必殺の棒術使い、覇鴉【バウ】!」
「己の武器は拳のみ、叉殺緋威【サザビイ】!」
「俺たちは泣く子も黙る超髪組【ちょうはつぐみ】だ!!」
「泣く子も白けるんじゃないの?」
 ビシッ! とキメた超髪組の三人に向かって、白翼が本を見たままで言った。
「てゆーかさ、何しに来たの? 昨日山の中で土砂降りにあって、この寺発見して、だけどここまで走ってくる気力と体力なくって、仕方なく雨が上がるまで木の下で意味のない雨宿りして、今日になってようやく、ここ目指してきたとか、そんなの?」
「グッ…!」
 図星だったらしく、三人の動きが止まった。
「……で、今日になって一体何しに来たのさ?」
 ちらりと三人を見、白翼が再び聞いた。
「フ、フン! 俺たちは昨日の雨で金を落としちまったみたいでな…それで仕方なく、このみすぼらしい寺から金と、ついでに食料やなんかをいただきに来たのさ!」
 緑の服を着た男――覇鴉が、そう言って白翼と璽無坊のほうを指差した。
「へー、つまり、昨日の自分たちの失態を何とかする為に、この寺に八つ当たりね。」
「な、何をっ!?」
「てーか何か食べたいんなら、お茶と璽無饅食べてから話切り出しゃよかったのに、もったいない。」
「…!」
「それ以前に、何『超髪組』って。三人して変なかっこしてるし……ウケ狙い?」
「こ、このガキっ…言わせておけばっ!」
「そっちこそいい年して何やってンのさ?」
「てっ…テメェもう許さねェ!!!」
 言いたい放題の白翼に対し、ついに超髪組はキレた。
「くらえっ、飛楯流鎖衝【ひじゅんりゅうさしょう】!!!」
 青い服の男――討流義主は、自分の両肩につけられていた楯と鎖をつなぎ、それを白翼に向かって投げつけた。
「守衛陣 鏡牙【しゅえいじん きょうが】っ。」
 白翼は本を床に置くと両手を刀流義守のほうへ突き出し、そう唱えた。するとそこにはガラスのような透明な結界が現れ、討流義主の投げてきた楯を弾いた。更に楯がぶつかった瞬間、結界から討流義主の方へと針が突き出された。
「うおっ!」
 白翼と距離があった討流義主は針に体をつつかれた。
「ちっ、こしゃくなマネをっ…!」
「よかったね、もう一歩踏み出してなくって。もう一歩踏み出してたら、ざくっといってたかもよ。」
 白翼はそう言って薄く笑った。そして、先ほど超髪組に叩きつけられた璽無饅を片付けている璽無坊の方を振り向いた。
「璽無坊、僕がこの三人のこと見送っとくから、朝ごはんの準備しといてね。」
 白翼はそう言った後で、再び超髪組に向き直った。
「外に行こうよ。せまいと戦いにくいし。」
「はぁ? 何言ってんだこのガキは。お前らがおとなしく金と食料出しゃ、俺たちはそれでいいんだよっ。」
 赤い服の男――叉殺緋威がそう言うと、白翼は鼻で笑った。
「ふーん、僕と戦って負けるかも知れないのはいや?」
 白翼はそう言うと、三人の間をすり抜けて外に出た。
「負けるのが怖かったらさっさと帰れ、ばーか。」
「…もう許さねェ!!!」
 超髪組は、そう言って白翼のあとを追った。


「…やっと終わった…。『全てやっておく』とは言ってしまったが、まさかあんなに量があるとは……一体何日分だったんだろう…」
 双翼はそう言いながら、軽い斧と重い斧、両方を引きずって寺の表のほうへと出てきた。が、目の前の光景に自分の目を疑った。白翼がたった一人で、何者かは分からぬ大人の男三人組と戦っているのだ。
「龍打千連撃【りゅうだせんれんげき】!!」
「守衛陣 鏡牙!」
 緑の服の男――双翼は知らないが、覇鴉である――が手にした棒で白翼に殴りかかった。白翼はそれに対してガラスのような結界を張り、防御。直後に結界から発生した針は覇鴉めがけて突き出され、覇鴉はそれを棒で振り払った。そして覇鴉が白翼から離れたかと思うと、今度は赤い服の男――双翼は知らないが、叉殺緋威――が飛びかかった。
「くらえェ! 超髪小突き【ちょうはつこづき】!」
 そう言いながら叉殺緋威は、白翼の結界に向かって頭を突き出した。一見頭突きのようだが、どうも、前に向かって尖らせた髪で白翼を小突きたいらしい。髪が結界に触れた瞬間、かなり短い針が、結界からちょいと伸び、すぐに引っ込んだ。
「…何だ? その結界は針で反撃するんじゃなかったのかァ?」
 今の攻撃に対して出た針が全く届かなかったのを見、叉殺緋威は笑った。
「あぁ、それね、相手の攻撃が強ければ強いほどこっちの反撃も強くなるから。つまりあんたの攻撃が弱っちいってコト。」
「だああぁぁぁうるせえぇぇぇぇ!!!」
 白翼の言葉で逆上した叉殺緋威は、懐から短刀を取り出した。
「あ、お前さっき『己の武器は拳のみ』って言ってたくせに!」
「黙れこのクソガキャア!!」
 叉殺緋威はその短刀で白翼に向かって斬りつけようとした。
「させるか!!」
 カキィン! と音をたて、叉殺緋威の短刀が手から離れた。そばには斧(軽いほう)を構えた双翼が立っていた。
「子供相手に大人三人がかりとは、卑怯以前に情けない奴らだな!」
「何だ貴様は!」
「私は双翼、旅の剣士だ。」
「…双翼さん、今持ってるのって斧じゃ…?」
 双翼が名乗ったのを見、白翼が聞いた。
「あ…さっきまでまき割してたもんでつい…」
 双翼はそう言いながら斧を下ろし、刀に持ち替えた。
「フン、旅の剣士双翼だと? 聞いたことのない名前だな。俺たちは泣く子も黙る超髪組!!」
「鎖を自在に操る頭、討流義主とは俺のこと!」
「俺は一撃必殺の棒術使い、覇鴉!」
「己の武器は拳のみ、叉殺緋威だ!」
 ――何だよ、超髪組って――
 角鋼丸に続く妙な連中だと感じながら、双翼は思った。
「ふーんだ、全然すごくもない無名集団じゃないか。」
 結界を解除しながら、白翼が言った。
「なっ…テメェまたしても人のことをバカにしやがってっ…」
「ちょとやる気になってきたから、僕も本気でいっちゃうもんねーっ!」
 白翼がそう言った瞬間、かぶっていた兜の後ろから角飾りが前へ移動し、背中から白い羽が現れた。白翼はその羽で一端からだの前を隠し、再び開くとその体には鎧がつけられていた。今までいかにも物臭な少年の物だった表情が、活気とやる気が見て分かるほどに変わり、両手には一本ずつ、計二本の刀が握られた。
「気力充填、白翼神【ハクヨクシン】頑駄無ー!!」
 白翼の変幻を見た瞬間、双翼はまたしても目を疑った。
 ――は、白翼神頑駄無だって…!?――


「ひぃっ…ふぅっ…」
 息を切らしながら黒翼は、水の入ったオケ二つを盛って、寺の長い階段を上っていた。
「あぁッ…ちくしょうッ…! 何であの寺に井戸がないんだよっ! しかも川がこんなに遠いしっ…! ……あ、やった! もうすぐ終わりだっ!」
 ようやく階段の終わりが見え、黒翼は急いで階段を駆け上がった。が――
「ぐわっ!」
 ドンッ ばしゃあ
 階段を上りきった瞬間、見知らぬ男が黒翼の方へ飛ばされてきて、片方のオケの水がすべてこぼれた。
「あー……」
「…クソッ! 何だあのガキは!? 急に空なんて飛びやがって…!」
 黒翼には気付かず、緑の服のその男(覇鴉)は再び白翼神の方へとむかっていった。
「……人が苦労して運んできた水をこぼした上、俺のことは完全無視……」
 黒翼の目が、赤く光った。
「妖魔解禁・黒翼神頑駄無!! テメーら絶対に許さあぁぁぁぁぁん!!!」
 変幻した黒翼は超髪組と双翼・白翼神の戦闘に乱入し、槍を振り回した。
「いっくよー、隼降斬【じゅんこうざん】!!」
 白翼神は背中の翼で高く舞い上がると刀を構え、討流義主に向かって一気に急降下した。
「くらえ、乱れ龍牙【みだれりゅうが】!!」
 双翼は覇鴉との距離を一気に縮め、右手に持った刀で連続して斬りつけた。
「とどめだ、死千牙【しせんが】!!」
 黒翼神は叉殺緋威に向かって槍を振り回した。
「ギャ―――――!!」
 三人の攻撃をそれぞれ喰らった超髪組は、その場から逃げるように後ろへ飛び、そしてそのまま階段から転げ落ちた。
「成敗ッ!」
 白翼神はそう言うと地面に足をつけ、変幻を解いた。
「ちくしょー、俺はまだまだ戦い足りねーぞ! 誰でもいいから俺と勝負っ…」
 そう言いながら槍を振り回していた黒翼神は、階段付近で、自分の運んできたオケに足を引っ掛けて転び、頭から水をかぶった。そして気付くと、黒翼神は黒翼へと戻っていた。


 寺で朝食をすませた双翼と黒翼は、遠くに怪しい雨雲があるのを発見し、再び土砂降りに会わないためにふもとへ向かって出発した。
「何か、けっきょく山に登った意味なくなりましたね。」
 下り坂をのんびり歩きながら、黒翼が言った。
「まぁいいじゃないか、白翼や璽無坊に出会えたことだし、よく分からない悪党も退治できたし。」
 双翼は明るくそう言ったが、その顔は真剣に何か考えているようであった。
 ――白翼神頑駄無……彼の姿、技…天翼神によく似て…いや、似過ぎていた…。彼の変幻前は思いもしなかったが、やはり白翼は天翼神の生まれ変わり……――
 双翼はそのことに確信を持っていた。だが、ひとつ腑に落ちないことがあった。
 ――魔翼神の生まれ変わりである黒翼とあってまだひと月も経っていない……それなのに私は、天翼神の生まれ変わりに…白翼に出会った。これはただの偶然か? それとも……私たちは“翼神頑駄無”に引き寄せられているのか…?――
 そう考えているうちに双翼は、ふと、自分たち以外の足音が後ろから聞こえてくることに気が付いた。黒翼もそれに気付いたようで、二人は足を止めて後ろを見た。すると、そこにいたのは白翼であった。
「やっほー。」
 白翼はそう言って手を振ると、二人の方へとかけてきた。
「白翼! …何でここに? 璽無坊は一緒なのか?」
 双翼が聞くと、白翼は首を振った。
「ねェ双翼さん、僕も旅に一緒に連れてって。璽無坊には許可もらったよ。」
「え?」
「別に武術の修行がしたいってワケじゃないんだけど、僕、国の中をあちこち見て回りたいんだ。」
 白翼はそう言って双翼を見た。
「でもよー白翼、お前ガキだろ? 一緒に旅して、体力もつか?」
「僕、旅する程度の体力ならあるよ。それと、同じガキの黒翼には言われたくないね。」
 最後の一言で、黒翼は白翼に殴りかかろうとした。
「やめんか黒翼。」
 双翼はそう言いながら黒翼の腕をつかんだ。
「あとね、もう一つ頼みがあるんだけど。」
 白翼は黒翼のことをとりあえず無視し、双翼に言った。
「僕のこと義弟にしてくれない? 黒翼がなってるんだから、僕もいいでしょ?」
 そう言った白翼の目は、さっきよりもずっと真剣だった。双翼は少しの間その目を見つめていたが、やがてにこりと笑ってこう言った。
「あぁ、かまわないよ。一緒に行こう、白翼。」
 それを聞き、白翼は二人の前で初めてにこりと笑った。


 白翼と共に、双翼と黒翼は於雄得村まで色々話しながら歩いていた。
「ねェ双翼さん、これからは双翼あんちゃんって呼んでもいいよね?」
「好きに呼んでくれていいよ。」
「うん、じゃあそうする。」
「あ、ところでさ。」
 白翼が言ったのを見、黒翼が何かに気付き口を開いた。
「白翼が兄貴の義弟になるって事は、俺の義弟にもなるんだよな。」
「うっさい。あんちゃんはあんちゃん、黒翼は黒翼。」
 黒翼は思わず自分の槍をつかんだが、双翼に止められた。


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