第一話
記憶の半身



 自分は背中に白い翼を生やし、砲と、二本の刀で戦っていた。相手は黒い翼を生やし、槍と刀を駆使していた。
 二人が武器を交えたかと思うと、いつの間にか自分は黒い翼の者となり、白い翼の者と戦っていた。
 ――何だ? この感覚は…――
 “今は”黒い翼の者は、そう思っていた。そう思いながら戦っている内、いつの間にかまた白い翼の者に戻っていた。
「テメェの命も今日までだ! “翼神頑駄無”は俺一人で十分なんだよ!!」
「何を言うかと思えば…“翼神頑駄無”はこの私だ。今日こそ決着をつけてやる!!」
 二人はそんな事を言いながら戦っているようだった。その言葉は、自分の意思とは関係なく、勝手に二人が言っているように感じた。
 ――この後は確か…白い翼の者が砲を撃ち、黒い翼の者がそれをかわし、そして接近戦へ…――
 白い翼の者と黒い翼の者、二人の立場を言ったり来たりしながら、その者は考えていた。まるで、その戦いの様子をあらかじめ知っていたかのように。
 ――そして、この先は…… !! そうだ、この先は…いけない!!――
 その者は何かに気付き、戦いを止めたくなった。だが、二人の戦いはこの後何をするか全て決まっているかのように、続いた。その者の意志は、二人と同じ立場になりながら、彼らの行動に反映されなかった。
 ――逃げろッ!!!――
 その者はそう強く願ったが、遅かった。二人の体は、どこからか現れた別の男に斬りつけられていた。
「クックック、随分あっけないんじゃないのか? 翼神頑駄無…」
 二人を斬った男がそう言った。

 いつの間にか、辺りは翼を持つ二人の者を残して、真っ暗で何もなくなっていた。
 ――ここは何だ?――
 二人はそう思った。憎い相手が隣にいるはずなのに、不思議と互いに干渉する気は起きない。それにこんなにも暗く何もない所は、今まで見たことがなかった。
 ――…まさかこれが死後の世界? だが、話に聞いていた極楽浄土も地獄も、こんなに何もない所ではなかったはずでは…――
 二人はそう思いながら歩こうとした、が、いくら足を動かしても前へも後ろへも進めない。もしかしたら何もない所だから進んでいることに気付いてないだけかもしれないが、とにかく進んだ感覚はない。
 仕方なく二人は、何も言わずにその場で待っていた。待っていても自分達以外の者がここに来る気配はなかったが、待つぐらいしかすることがなかった。
 ほんの数分だったのか、あるいは果てしなく長い時間だったのか……どれくらい待っただろうか、急に二人の目の前に小さな光が見えた。
 ――あれは、何だ?――
 二人はそう思いながらその光の方へと歩み寄った。先程と違い、今度は進めば進むほど確かに光へと近付いていった。
 もうすぐその光に手が届きそうなところまで行くと、二人は何となく、後ろを振り向いた。するとどういうことだろう、先程までいたであろうところには、自分達の半身が残されているのだ。それらはどうもお互い干渉し合っているらしいが、それ以上は何をしているかは分からない。
 忘れ物に気付いた二人は、慌ててそれを取りに戻ろうとした。
 だが次の瞬間、その半身を残したまま二人は光に包まれた。


 覇【トウハ】大将軍と魔刃【マジン】頑駄無の戦いから五年ほど経った天宮の国。その国にある小高い丘の上で、黒い長髪を頭の上で縛り、銀と紫の鎧と、薄紫色の外套を身につけた青年が休息を取っていた。恐らくはそのまま眠ってしまったのであろう、驚いたように目を覚まして起き上がった。
「…また…あの夢か。」
 青年はそうつぶやきながら夢の中の光景を思った。翼を持つ二人の武者と、真っ暗な何もない空間……置いてきた半身。その夢は今までも何度も見てきた。
 彼の名は双翼【ソウヨク】。己の剣技に磨きをかける為に旅する武者である。一見はただの武者であるが、彼には家族以外誰も知らない秘密があった――あの夢に関するものである。
「…やはり、天も…私に探せと言っているのだろうか…“翼神頑駄無”を…」
 双翼はそうつぶやいてから立ち上がり、外套に少しばかりついた土を手で払った。そして両手を上げて軽くのびをすると、スタスタと丘を下っていった。
「とりあえず、町まではもう少し…まだ昼だが、早めに泊まる場所を確保しておこう。」
 双翼は近くの町を目指して歩いていった。


 もう少しで町に到着するというところだった。双翼は、二人の人が何か言い合っているのを見つけ、立ち止まった。…いや、正確には言い合っているというよりも、片方の人がもう片方の人に一方的に何か言われているようである。
「テメェ、この俺様にぶつかっておいてそのまま素通りしようたァいい度胸だ!」
「わ、わ、わざとじゃないですよぉ!」
「ほ〜ぅ、じゃあ何か、わざとじゃなきゃなんでも許されるってかァアン!?」
「そ、そんなわけじゃ…」
 見たところ、ガラの悪い男がちょっとしたことでもう一人のものに因縁をつけているようである。そのガラの悪い男は着ている服こそ大していい物でもないが、両肩にだけはそれなりにきちんとした赤い鎧が装着されていた。
 ――何で肩だけ?――
 双翼は不思議に思いながら、その二人の様子を見ていた。
「あーぁ、俺様の誇りである『真紅の鎧』にホコリがついちまったじゃねーか!」
「…シャレですか?」
「違ェよ!!」
 ガラの悪い男はそう言った直後にもう一人の者の胸倉をつかんだ。
「この野郎、俺様にぶつかったばかりか侮辱までしやがって…あー心も体も傷ついた! こりゃあ治療費払ってもらうしかねーなァ!!」
「そ、そんな無茶苦茶なぁ!」
「うるせぇ! さァ有り金全部出せッ!!」
「やめろ!」
 双翼はこのあまりに理不尽で自分勝手な男をよく思わなかった。そして思うのと動くのとどちらが早かったか、二人の間に割って入りそう言った。
「勝手な理由を押し付けて他人から金銭を奪おうとするとは…見逃せんな。」
「あンだテメェはっ!」
「私は双翼頑駄無…旅の武者だ。」
 双翼が名乗ると、ガラの悪い男はフッと笑った。
「ハッ、双翼ゥ? 聞かねェ名だなァ、どこの田舎武者だァ!?」
「まぁ、有名だとは自分でも思わんな。」
 双翼は男の挑発を軽く流した。
「フッフッフ、お前、この俺様の正体に気づいていないな? 聞いて驚け、俺様は人呼んで紅の剛肩【くれないのごうけん】…角鋼丸【カッコウマル】様だァ!! ふははははっ!!」
 ガラの悪い男――角鋼丸は大笑いしながらそう言った。が、双翼は――
「…誰…? あちこち旅をしてきたが……紅の剛肩? 聞いたことがないな。」
 その一言に角鋼丸はぶちキレた。
「てッ…テメェ馬鹿にしやがって! この俺様を知らんだと!? ならば今、身をもって教えてやる! この俺様の肩のサビになれィ!!」
「来るなら来い! …相手になってやる。」
 一方的な怒りをぶつけてくる角鋼丸に向かって、双翼は刀を構えた。
 ――…って、肩?――
 ふと、双翼は先ほどの角鋼丸のセリフに疑問を持った。普通言うなら「刀のサビ」であるが、角鋼丸は「肩のサビ」と言った。双翼はだんだんと聞き間違えたような気がしてしてきた、が、その直後にやはり聞き間違えていなかったのだと確信した。
 角鋼丸は左肩を双翼にむかって突き出したのだ。そして――
「くらえィ! 奥義!! 紅・肩・突・撃【こう・けん・とつ・げき】ッ!!!」
 そう言い終わると同時に、肩を突き出したままの姿勢で双翼に向かって突進してきた。しかし、別にその足は速くない。双翼は角鋼丸が自分の元へ来る前に、サッと二歩ほど右へ動いた。
 ゴォン!
 たまたま移動前の双翼の背後には木があり、標的を失った角鋼丸はそのままその木に激突した。
 ズルルル…ドサ。
 気を失ったのか、角鋼丸は木に頭をこすりつけながらその場に倒れた。
「……一体何がしたかったんだ……」
 倒れたままの角鋼丸を見ながら、双翼はつぶやき、そして刀をしまった。
「あ、ありがとうございました。」
 角鋼丸に因縁をつけられていた人が、双翼に言った。
「いや、大したことではないさ。…でも、ああいう輩には気をつけたほうがいい。」
「はい! それでは…」
 そう言うと、その人は去っていった。
「…さて、私も行くか。」
 双翼はまだ起きない角鋼丸をそのままにし、再び町へ向かった。


 すたすたすた
 双翼は早足でもと来た道を戻っていた。日がだいぶ傾いてから、角鋼丸と会ったすぐあとの道を間違えたのに気が付いたのだ。
「……私としたことが、一体何をやっているんだ……」
 ぶつぶつと言いながらも、とにかく歩いた。もう日が暮れかけている。町が近いとはいえ、のんびりしている時間などなかった。そして、角鋼丸と会った場所までは戻ってくることができた。
 ――で、ここは左ではなく右…――
 双翼はよく道を確認すると、改めて町へ向かい歩き出そうとした。その時――
「ちょおっと待てぃ!!」
 後ろから、つい最近聞いたと思われる声がした。くるりと後ろを振り向くと、そこには角鋼丸が立っていた。
「…何か用か? 先を急いでいるんだが。」
「関係ねェ。テメェ、さっきはよくもこの俺様に恥をかかせてくれたな! タダじゃおかねェぜ!!」
 双翼は少しの間無言で角鋼丸を見ていたが、やがて後ろを向き、スタスタと町へ向かって歩き出した。
「紅肩突撃――ッ!!!」
 角鋼丸は双翼に再び一風変わった体当たりをしかけた。それをサッと双翼がかわすと、今度は上手く走りを止めて、双翼の行く手をふさいだ。
「待てっつってんだろ!!!」
「どいてくれ、日が暮れる前に町へ到着しておきたいんだ。」
 双翼は言ったが、角鋼丸がどく気配はない。
「通してくれ。」
「やだ。」
「さっきのことを根に持っているつもりか?」
「そうだ。」
「あれは明らかにお前が勝手に自滅したのだろう。」
「関係ねェ。」
「とにかくどいてくれ。」
「ダメだね。」
「いい加減にしてくれないか?」
「フン、そんなに通りたきゃ、力ずくで来な!」
 角鋼丸がそう言うと、双翼はうんざりしたように溜息をついた。
「……だったらお望み通りに。」
 くるか? と角鋼丸は身構えた。
「神通力、展開…!」
 双翼はそう言うと共に外套を脱ぎ捨てた。その外套で角鋼丸の位置から双翼がほんの少しの時間だけ隠れ、そして外套が地面に落ちた時、双翼の格好は変化していた。背中からは鳥のような白い羽とコウモリのような黒い羽が一対ずつ生えて、頭には兜が装着されていた。更に背中にあった鞘が、砲となって右肩についていた。
「なっ、何だその姿はっ! テメェホントに、えーと…双翼かッ!?」
 急に変幻した双翼に驚き、角鋼丸はあたふたしていた。
「今の私は“双翼神【ソウヨクシン】頑駄無”! …悪いがあまり時間をかけたくないのでな…一撃で終わらせてもらう!」
 双翼神はそう言うと空中へ翔び上がり、右肩の砲を角鋼丸に向けた。
「北方の地守りし神・玄武――その力今我に宿し共に邪悪を滅ぼさん! 奥義・玄武水破【げんぶすいは】!!」
 そう言い終わると同時に、肩の砲からは光を帯びた水の弾が放たれ、角鋼丸に命中した。角鋼丸はしばらくその弾に押され続け、木にぶつかった。しかもその瞬間、水の弾は弾け、角鋼丸を天高く吹っ飛ばした。
「ぉお覚えてろおぉぉぉぉ……」
 角鋼丸はそのまま見えなくなった。
「……少し、やりすぎたか…?」
 変幻を解いて、外套を身に付け直しながら双翼はつぶやいた。


 ――この恨み、憎しみ、そして怒り…来世になろうと決して忘れぬ!! 必ずやこの世全てに復讐し…全てに後悔させてくれようぞ!!――
 町を目指して歩く双翼の頭の中で、この言葉が響いた。夢の中で自分が―― “翼神頑駄無”が放った言葉である。
 自分のしてきたことは棚に上げ、何故こんなことを言ったのだろう……双翼は何度もそう思ってきた。しかし、何故かは知っている。二人共、一度気に入らないと思った物はどうしても受け入れようとしない、ひどく頑固で意地っ張りな性格をしていたからだ。それでも疑問に思ってしまうのは、記憶の中の“自分たち”と今の“自分”の考え方が異なるからであった。
 双翼は、はるか昔を――翼神頑駄無の存在した時を知っている。それどころか、二人の翼神頑駄無の全てを知っていた。
 双翼は、今の自分の物以外に、二人の翼神頑駄無の一生分の記憶を持っている。いや、一生分どころか、二人の翼神頑駄無が死後に見た不可思議な感覚のことも覚えている。
 ――これを生まれ変わりと呼ぶのだろうか…私は二人の翼神頑駄無の“半身”と共に在る……私の中にある二人の記憶がその証…――
 双翼は、夢の後半の不可思議な部分をこう解釈している――
 最終的に光に包まれた、互いに干渉し合わなかったあの半身は、彼らの『記憶』の部分である。お互いの事が憎かったのだと「覚えて」はいるのに、お互いのことをどうしようという「意思」がなかったからだ。
 そして、あの場所に残された、何やら互いに干渉し合っているらしかったあの半身が『意思』の部分だ。干渉していたということは、二人にきちんとした「意思」があったと思われる――互いが憎いという記憶や認識があったかは分からないが。
 最後に、記憶の半身を包んだ光――あれは双翼自身である。記憶の半身を包み込んだからこそ、双翼には二人の記憶が生まれた時からあるのだと、そう考えていた。
 ――…あんなにも強い無念を抱いて死んだ二人が、記憶のみ現世に残しその意志が消えたとは思えない――
 双翼は、翼神頑駄無の夢を見る度に思っていた。
 ――私以外で、翼神頑駄無の生まれ変わりが…二人の意思を宿した者がいるのかもしれない…しかも、「この世全てに復讐」しようという者が……――
 成人して間もなくの頃、双翼は旅に出ようと決意した。剣技の修行のためというのもあるが、それ以上に……翼神頑駄無の生まれ変わりが――もししようとしているのなら――「この世全てに復讐」するのを止めるために。


 完全に日が暮れてしまう直前になって、双翼はようやく町に到着することができた。
「…何だか、今日は一日旅の目的に関わることは何一つしなかった気がするな…」
 そうつぶやきながら、双翼は宿を探した。そして宿を見つけると同時に、「そう言えばいくら持っていただろう」と思い、お金の入った布袋の中を見た。
 確認した瞬間、双翼は硬直した。そこには、宿に泊まれるだけのお金が入っていなかったのだ。現金以外に為替も入っているが、このままでは使えない上、両替してくれそうな人もいない。
「……野宿決定…か……」
 双翼はがっくりと肩を落とした。


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