序章



 味方にさえ怖れられる程の実力と冷酷さを持つ魔界武者がいた。
 他の者を寄せ付けぬ程の実力とプライドを持つ天界武者がいた。
 二人は、幾度となく争い続けてきた。

 それは、はるか昔――地上の世界にまだ『大将軍』と呼ばれる統率者のいなかった時代の、現在では地上・天界・魔界どの世界でも知る者のいないような出来事であった。後に『天宮』と呼ばれる様になるその地でその二人は争っていた。その魔界武者は黒い蝙蝠のような、天界武者は白い鳥のような翼を、それぞれ背中から生やしていた。
 その二人の名前は『翼神【ヨクシン】頑駄無』。当時の天界・魔界にとって、同じ時に各界に同じ名前の者が出ると言うのは信じられないことであったが、二人の名前は一字一句違わなかった。
 はたから見れば些細な事であったが、今までその力から好き勝手にしてきた魔界武者と、自身に過剰とも思われるほどの誇りを持ってきた天界武者にとってみては、耐え難いことであった。
 魔翼神【マヨクシン】と呼ばれた魔界の翼神頑駄無と、天翼神【テンヨクシン】と呼ばれた天界の翼神頑駄無は、互いの存在を知ったその日から激しく争い始めたのであった。

「テメェの命も今日までだ! “翼神頑駄無”は俺一人で十分なんだよ!!」
「何を言うかと思えば…“翼神頑駄無”はこの私だ。今日こそ決着をつけてやる!!」
 地上の小さな集落の近くで、二人の翼神頑駄無は今日も戦っていた。戦いを静止させようと割り込んできた味方を斬り捨て、また地上の人々を巻き込んでいても意に介さず、二人は自分たちだけの戦いのみに集中していた。
「…あーあ、仲間からの最後の忠告もあれかよ。」
 二人の戦いを、少し離れた所からじっと見つめる一人の男の姿があった。その男が完全に気配を消していたこともあってであろうが、二人の翼神頑駄無はその男の存在には全く気付かなかったようである。まるでそこが二人だけの空間であるように、戦いのみに専念していた。
「天界・魔界でかなりの実力だって聞いたからどんなヤツかと思ったが…ただ自分勝手なだけじゃねーか、あの二人。…ま、俺は自分の仕事をするだけだがな、クックック。」
 男はそう言い笑いながら、ゆっくりと二人の戦っている所へ近付いていった。
「…ここまで近付いたってのに、まさかまだ気付いちゃいねぇってのか? …ったく、あきれたもんだぜ。魔王も天帝も、こんな奴らを恐れてるってか?」
 そんな事を言いながら二人の様子をじっと見つめていたその男は、翼神頑駄無の距離が縮まったその瞬間、装備していた刀剣を二本手に取り二人にむかって走っていった。
「ッ!!」
 翼神頑駄無たちが男に気付いたその時、既に二人の腹部には鋭い感覚が走っていた。
「い、いつの…間に…」
 二人は痛みに耐えながら武器を杖に直立の姿勢を保とうとした、が、体から力が抜け始めそのまま地面に突っ伏した。二人の腹部からはおびただしい量の血が溢れ出ていた。
「クックック、随分あっけないんじゃないのか? 翼神頑駄無…」
 男は倒れた二人を見下しながらそう言って笑った。
「テメェ…何モンだ…!」
 魔翼神は、その男をにらみながら聞いた。
「ククッ、俺かァ? 俺は魔界の殺し屋さァ…名前はねェんだが、まぁテキトーに“瘴【ショウ】”って名乗ってるぜ。ちょいと依頼を受けて、テメェら二人を殺しに来たのさ。」
「誰からの依頼だ…!?」
 瘴の言葉と間を開けず、今度は天翼神が聞いた。
「これから死ぬのに、そんなこと聞いてどうするんだ? 依頼主が死んでからあの世で復讐でもするってか?」
「いいから答えやがれッ!!」
 二人をあざ笑う瘴に、魔翼神が怒鳴った。
「あーはいはい、分かった分かった。ま、『冥土の土産』って言葉もあるしな…今回の俺の依頼主は、かの魔王“様”と天帝“様”さ。何でも、自分らの言うこと聞かねぇお前らが邪魔なんだとか。」
「う、嘘だ!!」
「嘘なモンかよ。」
 天翼神の言葉を、瘴はあっけなく否定した。
「こんなトコで嘘ついて何になる? 別に俺は依頼主に正体隠せなんて言われてねェからな、今までだって聞かれりゃ正直に教えてきたぜ? クックック。」
 瘴の言葉を聞き、二人の心に戦慄が走った。
「そんな…天帝様が…? …信じてきたのに…」
「魔王の野郎…俺の認めた唯一の存在だってのに…」
 最期の時を目の前にしたその心は絶望に支配され、二人は悔しさのあまり無意識の内に自分の武器を強く握りしめていた。
「さァて、そろそろトドメといこうぜ…天魔両界の帝王さえ恐れたお前らの断末魔、聞かせてもらおうか。」
 瘴はそう言いながら、二人にゆっくりと歩み寄った。そして、血の付いた刀剣を二人にむかって振り上げた、だがその瞬間、二人の翼神頑駄無は握りしめた武器を瘴にむかって突き出し、その左目と心臓を貫いた。
「ッ!! ば、馬鹿な…その傷でまだ…動け……」
 瘴はその場にドサリと倒れ、そのまま動かなくなった。瘴の死を確認しても尚、二人の無念が晴れるはずがない。二人の心を満たしていた絶望は次第に怒りと憎しみへと変わり、二人を支配した。二人はその瞳から血涙を流しながら最期にこう叫んだ。
『この恨み、憎しみ、そして怒り…来世になろうと決して忘れぬ!! 必ずやこの世全てに復讐し…全てに後悔させてくれようぞ!!』
 そう言ったきり、二人の翼神頑駄無は息絶えた。


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